最近読んだ本566:『日露戦争の時代:日本文化の転換点』、鈴木貞美 著、平凡社新書、2023年

「碩学の集大成なのだろう」「渾身の史論に違いない」……、わたしは大きな期待で本書をひらきました。

そして激しく落胆。

鈴木氏(1947年生まれ)の並外れた博識ぶりは窺えるものの、おもちの知識を要領よくまとめていらっしゃらず、どのページでも当初何について述べておられたか分らなくなってしまうほどあれこれの話が登場する、語られている時代や人々も古代であったり明治期であったり現代であったりして展開についてゆけない、こうしたことが連続しました。

たとえば、氏は西田幾多郎(1870~1945)が米国のウィリアム・ジェイムズ(1842~1910)の学説を参考にしたと論じる箇所で、

「泣くから悲しいのであって、悲しいから泣くのではない」というジェイムズの言の引用もある。(中略)もとは医学を専攻していたジェイムズが心理学に転じたとき、人間の感情はカントがしたように、快・不快に分けられるような単純なものではなく、さまざまな要素が複雑に入り混じっている。外界の刺戟に対して、まずアドレナリンの分泌のように生理的興奮が起こり、それが情動を生むと説いたことにある(ジェイムズ=ランゲ説、1885、86)。その生理的反応が先に起こるということをややひねって表現したのである。(pp.315)

文章の収まりがきちんと付いてはいません。

また、心理学者の当方としてはジェイムズが出てきて嬉しいですけれども、日露戦争の本で「泣くから悲しい~」やアドレナリンに関してここまでくわしく説明する必要はなかったと思います。

つぎに、重要な話題が別の重要な話題につながらない、そういう傾向も見受けられました。

例をあげると、日露戦争において、

兵站の輸送を支えた海運は、軍の輸送船のみならず、民間の会社も大阪、神戸、また新潟港からフル稼働し、戦局に応じて船舶の購入も大幅に拡大していった。戦費といい、先に見た民間のジャーナリズムや海運の動きといい、日露戦争が日本にとっては官民一体となった、まさに総力戦の様相を呈していたことを如実に語っていよう。(pp.189)

簡潔な記述と考えます。

しかし「総力戦の様相を呈していた」とお書きになった以上、「ポーツマス講和条約(pp.202)」直後に発生した「日比谷焼き討ち事件(pp.204)」を、世論を焚きつけた法学者・戸水寛人(1861~1935)の思惑、庶民の憤慨、政府の苦衷、なども含め多面的に考察すべきだったのではないでしょうか……。

そもそも、タイトルに「日露戦争」とあるわけですから、とうぜん本書は日露戦争にまつわる情報に満ちているはずと思いきや、(全359ページ中)わずか16ページ。

ものたりない気もちがのこってしまいました。

最後に、もうひとこと。

第7章「修養と情緒耽美」、第8章「日本の人文学:その出発」、第9章「西田幾多郎『善の研究』のことなど」は、まったく不要です。

金原俊輔