『終生 知的生活の方法:生涯、現役のままでいるために』、渡部昇一著、扶桑社新書、2018年。

わたしはむかし、渡部氏(1930~2017)がお書きになった、

『知的生活の方法』、講談社現代新書(1976年)

『続 知的生活の方法』、講談社現代新書(1979年)

を耽読しました。

知識獲得にあこがれる読者たちへ、形而上学的なアドバイスばかりではなく、書斎だのエアコン設置だの黒パンだの散歩だの、形而下学的なアドバイスをも提示されたのが新鮮だったためです。

以来、このかたのファンとなり、多数の著作を読みました。

毎回勉強になりました。

ただ、彼ご自身の文章ではないのですが、

伊藤肇著『帝王学ノート:混沌の時代を生き抜く』、PHP文庫(1984年)

によれば、わが師B・F・スキナー(1904~1990)を、

上智大学の渡部昇一教授は、次のように解説している。「(略)スキナー学説は、どの赤ん坊も犯罪者になる可能性があるから、はじめから赤ん坊をすべて入獄させてしまえ、という議論とあまり違わない。こういう怖るべき人間観が堂々とアメリカにでてきたことこそが問題である」(pp.138)

こう批判されたらしいです。

「赤ん坊を入獄させる」という珍妙な議論は、スキナーがおこなった研究や発表した理論とは何の関係もありません。

「あまり違わない」どころか、まったく違うのです。

経緯は不明ながら、渡部氏はスキナーおよびスキナー学説に対し、大きな誤解をなさっているようでした。

とはいえ、わたしが上述の反駁をできるのも、氏の教えを参考にしつつ臨床心理学の勉強を積み重ねてきたからです。

「渡部昇一先生のおかげ」といわざるを得ません。

さて、『終生 知的生活の方法』は、著者の絶筆のひとつです。

前掲の『正』『続』2編に比べると、知的生活に向けての実際的な助言は減っていました。

それでも、

パソコンやインターネットは情報を集めるのには便利ですが、情報を集めるのと自分の頭の中身をつくるのとは、また別物です。自分が感心した箇所には赤線ぐらい引きながら本は読みたい。そして、つまらない本はどんどん捨ててしまえばいいし、これはという本なら座右に置きたい。そうしているうちに頭の中身ができてきます。(pp.70)

このような、ひざを打ちたくなるコメントが、いくつも含まれていました。

ほかでは、

お金は遺産で残すより教育という形で残したほうがいいと私は考えています。これは通俗小説のなにげない一節がヒントです。ヒントは何も偉い人のごたいそうな本に書いてあるだけではないのです。(pp.167)

と、次世代に知的生活を継承させるための方策もお書きになっています。

本筋から脱線して、なぜか勲章の話題になりますが、

実業界で最後まで汚職せず、背任行為もなくやってきた人や、官界でつつがなく任務を果たした人も高い勲位をもらえる。こうした勲章はあっていいと思います。
しかし、本当の意味で叙勲に値するのは、軍人、消防士、警察官など命がけの仕事をする人たちです。(pp.181)

わたしも「国家が自衛隊員・消防士・警察官諸氏の労をねぎらうのは至当」と考えるひとりです。

思わぬ領域で、尊敬する人物と考えが一致しました。

お若い時期から知性追求を広言したうえで、孜々(しし)として励まれてきた渡部氏。

ついには英語学の泰斗になられました。

英語学を離れた業績も豊富です。

ご逝去を心より悼むと共に、人々がお手本にすべき見事な人生を生きられたことをお慶び申し上げます。

金原俊輔