『工学部ヒラノ教授のラストメッセージ』、今野浩著、青土社、2019年。

今野氏(1940年生まれ)による『ヒラノ教授』シリーズ。

ご勤務先だった筑波大学や東京工業大学それに中央大学の実態を暴いた「学界および教育界の秘話集」とでもいうべき読物です。

かなり長くつづきました。

単行本の数は計15冊を超えているのではないでしょうか。

わたしが繙(ひもと)いたのは、そのうち5冊です。

5冊も読んだのは、大学人がお書きになっている関係で内容が真に迫っており、充実・堪能の読書につながったから。

たとえば、

筒井康隆著『文学部唯野教授』、岩波現代文庫(2000年)

と比べると、『唯野教授』は快作だった反面、紀要論文に関する筒井氏のご理解が正しくありませんでした。

登場人物の言動とは裏腹に、通常、紀要論文の学術的価値は低いのです。

いっぽう『ヒラノ教授』では、

この時の平野助教授には、掲載済みのレフェリー付き論文が8編、審査中の論文が2編しかなかった。(pp.18)

一流ジャーナルの場合、審査をパスして掲載されるのは3編に1編程度である。(pp.27)

上記のように「レフェリー付き論文(審査をパスした論文)」が最も重視されている事実をちゃんと踏まえ、ストーリーが展開してゆきます。

さて、『工学部ヒラノ教授のラストメッセージ』は、全シリーズの最終巻。

内容は依然として高度でした。

万年助教授になることを恐れながらも、平野助教授は他大学の教員公募に応募する気にはなれなかった。業績面で自信がなかったこともさることながら、公募とは形式的なものであって、実際にははじめから候補が決まっているケースがほとんどだからである。(pp.12)

よくわかる心理ですし、しばしば耳にする噂でもあります。

幸運は続けてやってきた。平野教授はアメリカで流行していた「ファイナンス(金融)理論」という鉱脈から、大小さまざまな宝石を掘り出すことに成功したのである。(pp.73)

ご自分の研究領域を「鉱脈」と表現され、ご自身の発見を「宝石を掘り出す」とお呼びになっているところなど、わたしとて研究者の端くれ、お気もちがわかります。

本書は過去の諸作に負けず劣らずの仕上がりでした。

しかし……。

起業をしたため、わたしは昨今まったく研究をおこなっておらず、論文も書いていません。

おまけに、近々、大学を退職する予定です。

そういう状況のわたしがこの本を読んだところ、残念ながら、かつてのようには話に引き込まれませんでした。

退屈さすら感じました。

大学や研究への思いが弱まっている(なくなってしまっている)せいなのでしょう。

もしかしたら、大学・研究と無縁な読者たちにとって、これまでの『ヒラノ教授』ものは、まるでおもしろくなかったかもしれません。

金原俊輔