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『ロレンスになれなかった男:空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯』、小倉孝保著、角川書店、2020年。

岡本秀樹(1941~2009)は、岡山県出身の空手家。

国士舘大学を卒業後、日本空手協会から「青年海外協力隊」隊員としてシリアに派遣されました。

1970年のことです。

本人は当時、日本国内で観た映画『アラビアのロレンス』に深い感銘を受け、シリア行きを決意しました。

上記エピソードが書名に反映されています。

その後、岡本はレバノン、エジプト、イラン、イラクなど、中東一帯を転々とし、諸国において空手の普及に尽力しました。

『ロレンスになれなかった男』は、空手を中核とした、彼の68年の人生を綴(つづ)った伝記です。

さて、硬骨・豪快な男が海外で荒っぽい武道を教授する……、波乱が起きないはずはありません。

たとえばシリアでの活動初期に、ちょっとしたトラブルが原因で、

トラックが止まる。荷台からぞろぞろ機動隊員が降りてきた。みんなカラシニコフ銃を抱えている。身体の大きな若者ばかりである。10数人はいるだろう。機動隊員が取り囲むようにして岡本を押さえにきた。
そのときだった。岡本の突き、蹴りが次々と隊員に入る。何人かは完全に倒れている。(pp.24)

大立ち回りを演じました。

さらに、赴任先はどこも政情不安定な土地ばかり。

1973年、シリアで、予定されていた空手大会が突然中止となったのですが、

岡本たちの頭上を戦闘機が大音響で飛んで行った。エジプト、シリア両軍がイスラエルに軍事攻撃を仕掛けたのだ。第4次中東戦争の始まりだった。
「このとき初めてわかった。なぜ、大会を中止するよう命令があったのか。戦争の準備をしていたんですね。(後略)」
岡本もすぐにシリアを出てレバノンに引き上げた。(pp.148)

いっぽう、中東の人たちの彼に対する信頼はそうとう厚かったらしく、1978年、イランでは、

秘密情報機関「サバック」の大佐が岡本を訪ねてきた。彼も空手の生徒である。
「革命が起きたら空港を閉鎖する。そうなると日本人が出国できなくなる。何かあったら、すぐに出国できる準備をしておくよう日本人に伝えておいてほしい」
空手を通してこの大佐は日本に親しみを抱いていた。(pp.172)

「サバック」所属の別の少将も同じ忠告をしてきました。

岡本はすぐさま日本の「外交官にこの少将の言葉を伝えた(pp.172)」ものの、外交官からは無視された由です。

彼は空手一辺倒の人物ではなく、いろいろなビジネス(怪しげな業種も含め)に手を染めました。

1986年、エジプトのカイロでは、カジノ経営に関与します。

カジノがオープンした。岡本は連夜やって来ては、にぎわいの中に身を置いた。カジノは大盛況だった。岡本は再び自分を中心に地球が回り始めたと思った。
しかし、結局、これもうまくいかなかった。原因は女性だった。(pp.217)

事業で失敗するつど立ちあがり、けれども度かさなる失敗は補うには深刻すぎ、結局のところ「すべてを失い(pp.276)」ました。

空手指導者としての責任感は堅持し、

この地域に200万人を超える空手家を育てた。(pp.276)

2008年、日本へ帰国。

生活保護を受給しつつ胃がんとの闘いに突入しました。

残念ながら、2009年、東京の「救世軍ブース記念病院」にて、息をひきとられたそうです。

本書は、主人公のケタ外れな人柄のおかげでストーリーに変化が溢れ、まったく飽きをおぼえない作品となりました。

唯一の不満なのですが、空手の名手を描出するノンフィクションである以上、著者(1964年生まれ)は、岡本の身長、体重、段位、などの基本的情報を書き記すべきだったと思います。

金原俊輔

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