最近読んだ本379

『ジョン・ボルトン回顧録:トランプ大統領との453日』、ジョン・ボルトン著、朝日新聞出版、2020年。

本文だけで537ページあり、そのうえ2段組みの、分厚い書籍です。

わたしの場合、完読するまで1週間かかりました。

米国「国家安全保障担当大統領補佐官」だった、ジョン・ロバート・ボルトン氏(1948年生まれ)。

上掲書は、ドナルド・トランプ大統領に約1年半仕えたボルトン氏による「トランプ政権の内幕」暴露本です。

大統領にまつわる不都合な真実があれこれ紹介されました。

わたしはトランプ氏が支離滅裂な性格である件を他の読物をとおし推察しており(世界の多くの人々も同様でしょう)、書中、あらたに仰天させられるようなエピソードは、無数には登場しませんでした。

それでも、主人公の身近にいた著者がおこなった「すっぱ抜き」ですから、やはり意外性があったり凄みをともなっていたりする話題は出てきます。

わたしが最も驚き失望したのは、2019年6月「大阪G20サミット」におけるできごと。

トランプ大統領は中国の習近平国家主席と会い、

通訳しか同席しないオープニングディナーの席で、習近平は自治区に強制収容所を建設するそもそもの理由をトランプに説明した。米国側の通訳によれば、トランプは、遠慮なく収容所を建設すべきだ、中国がそうするのは当然だと思う、と答えたという。
トランプは2017年の中国訪問の際にもそれとよく似たことを言ったと、NSCアジア上級部長のマット・ポッティンジャーは言っていた。(pp.345)

非道・無責任にも程があります。

不勉強で知られる大統領は、中華人民共和国が自国内の少数民族をどのように圧迫しているか、認識不足だったのでしょう。

反面、日本人として胸がすく思いがした文章は、2019年4月、大韓民国・文在寅大統領の米国訪問時のやりとりでした。

トランプ大統領に日韓関係を質問された際、

文在寅は、歴史を今後の関係の妨げとしてはならないが、日本によって歴史が問題になることがときおりあると言った。もちろん、自分の都合で歴史を持ち出しているのは日本ではなく、文のほうだった。
私の見方では、文も韓国の他の政治指導者と同様、国内が難しい時期になると日本をやり玉に挙げていた。(pp.374)

ただし、これはトランプご自身が発した意見ではなく、ボルトン氏の「見方」です。

そして『ジョン・ボルトン回顧録』の特徴は、日本および安倍晋三首相(当時)が頻繁にあらわれること。

海外の退役政府高官が上梓した回顧録では珍しいといえます。

たとえばボルトン氏は、

私はトランプと各国首脳の個人的関係について、安倍が最も良好であるとみていた(安倍とトランプは仕事仲間であるだけでなく、ゴルフ友達でもある)。ただし、ボリス・ジョンソンが英国首相になってからは、安倍は首位タイになった。(pp.380)

こんな印象をお書きになりました。

「良好」な「個人的関係」のおかげで、北朝鮮による日本人拉致問題について、大統領は安倍元首相に、

トランプはこの問題の追及をマール・ア・ラーゴでも、その後の機会でも約束し、それからというもの金正恩と顔を合わせるたびにその約束を忠実に守った。(pp.95)

ありがたい話です。

国家首脳同士の信頼がいかに重要であるか、安倍元首相がいかにうまくそれを構築したか、が窺えます。

本書の発表で期せずして安倍氏の株があがりました。

いっぽう、お気の毒ながら、韓国の文大統領は面目をつぶされ、前・米国国際連合大使ニッキー・ヘイリー氏や元・米国国防長官ジェームズ・マティス氏も「政治家不適格」の烙印を押されかねなくなりました。

それにフランスのエマニュエル・マクロン大統領。

『ジョン・ボルトン回顧録』のせいでフランス国民の支持が弱まってしまうかもしれません。

では、本尊トランプ氏への悪影響はどうかというと、大統領に当選して以来、非難にまみれ続けてきたかたですので、いまさら大したダメージは受けないだろうと想像されます。

いずれにしても1週間、おもしろい読書をさせていただきました。

著者は、常軌を逸した上役に振りまわされ、悲憤慷慨の日々をおくり、もし日本語能力をおもちだったら「すまじきものは宮仕え」なる古語を呟(つぶや)いていたでしょう。

同情を申し述べるに吝(やぶさ)かでなく、かといって暴露本を執筆・出版するような人物を信奉することなどできません(本書を購入し、おもしろがって読んだ、わたしが記すべきセリフではありませんが)。

金原俊輔

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