最近読んだ本365

司馬遼太郎の街道 Ⅲ:愛した辺境』、週刊朝日編集部著、朝日文庫、2020年。

司馬遼太郎(1923~1996)が執筆していた『街道をゆく』シリーズ。

昭和時代にたいそう人気があり、わたし自身、かなりの冊数を読みました。

今回の『司馬遼太郎の街道』は、むかし上記シリーズの取材に同行した編集者諸氏が、あらためて目的地へ赴き、ありし日の司馬を偲ぶ、という趣向で編纂されたエッセイ集です。

モンゴル、アイルランド、日本では北海道、高知県、熊本県、鹿児島県が、再訪先に選ばれました。

このうちのアイルランド。

わたしは行ったことがありません。

イギリスに圧迫されながらもカトリックを守り、独立を勝ち取った。(pp.67)

アメリカ合衆国に留学していたころ、クラスメートの過半数がアイルランド系アメリカ人でカトリック信者だったこと、わたしもカトリックであること、わたしが夢中になったラグビーがアイルランドにおいて盛んであることなどから、親しみや憧(あこが)れをおぼえる国家です。

アメリカにおいて「代表的」と目されるアイルランド系の人物は、第35代大統領ジョン・F・ケネディ(1917~1963)のはず。

アイルランド系アメリカ人は増え続け、数え方によっては約4千万人に及ぶ。アメリカ移住者の子孫のなかには、大統領となったJ・F・ケネディやロナルド・レーガンもいる。(pp.117)

これまでのところ、ケネディはアメリカ史上ただひとりのカトリック大統領です(もし、2020年の選挙でジョー・バイデン氏が勝利した場合、ふたりめのアイルランド系カトリック大統領の誕生となります)。

そして、わが国で一番知られているアイルランド人は、おそらく小泉八雲でしょう。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904)はアイルランド人で、幽霊や妖精が好きだった。(pp.119)

小泉は日本に伝わる説話を収集し英語で発表したわけですが、アイルランドもまた説話が豊富な説話文学の国なのです。

つづいて、以下は司馬が直接関与したエピソードではないものの……。

彼が往年、アイルランドで出会った同国在住の日本人・潮田淑子氏は、

「週刊朝日」を船便で送ってもらい読んでいた。ある号に載った「スポーツの恩人クイズ」に、
「日本のホッケーの恩人は誰?」
という問題があり、答えは、
「その人は港区飯倉の聖アンドリュー教会の牧師をしていて、もう既に亡くなられた英国人『グレーさん』という人です」
とあった。淑子さんは驚いた。
「すぐ隣にグレーさんというおじいさんがいて、日本語が達者なんです。『隣の客はよく柿食う客だ』とか、早口言葉までいえる。英国国教会の牧師で、布教のために日本に住んだこともあり、たしか、ホッケーを教えたとおっしゃっていた。雑誌を見せると、『これ僕のことだよ、まだ死んでないよ!』と、涙いっぱいの笑顔になりました」
さっそく淑子さんが週刊朝日に伝えたところ、それがホッケー関係者に伝わり、大騒ぎになった。
「実際にホッケーを教わった人、後輩の方から次々とお手紙が届きました。そして週刊朝日から、ナイフとフォーク、スプーンをいただいたんです」(pp.88)

『週刊朝日』誌による「自画自賛」臭が漂いまくっていますが、実話ですから、やはり心が温まります。

なお「心が温まる」は『司馬遼太郎の街道』全体に言えることでした。

書中、司馬と土地の人々との情感あふれる交流が、たびたび語られるのです。

熊本県にある老舗旅館の仲居さんは、職場が禁止していたため、司馬の、

サインをもらうことができなかった。
「八千代姐さん悔しかったんでしょうね。そのことをその先生にいうと、先生が『必ず随筆のどこかにあなたのことを書いてあげるからね』と、笑いながらおっしゃったそうなんです」(pp.236)

こんな一幕すらあった由。

大作家・司馬遼太郎は、「袖振り合った」だけであれ、他者との「ご縁」を大事にし、真心で接したのでしょう。

本書冒頭の写真コーナーが充実しており、わたしは美しさに魅せられました。

金原俊輔

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