最近読んだ本403

『「日本の伝統」の正体』、藤井青銅著、新潮文庫、2021年。

「たんなる雑学集なのではないか?」

「雑学の本ってあまり読んだことがないので、まあ読んでみよう」

わたしはこんな軽い気もちで上掲書を読みだしました。

そして、喫驚しました。

著者(1955年生まれ)がたいそう博識でいらっしゃり、本職の学者ではないものの本職に匹敵するようなご勉強ぶりだったからです。

とりわけ日本史にご造詣が深いみたいでした。

人は、ものごころついた時すでに世の中にあるものは、ずっと昔からあるに違いないと思いがちです。しかし、その人が知る世の中なんて、たかだか数十年です。実は比較的新しい時代に「発明」された「伝統」が、さも大昔から存在するかのように振る舞っている例は、多々あるのです。(pp.3)

上述の問題意識にしたがい、元号・皇紀・相撲・鎖国・民謡・万葉集・三味線・神社……古い歴史があると看做(みな)されている伝統を取りあげ、専門文献を参照しながら、ひとつひとつ考察なさっています。

どれもが一筋縄ではいかない厄介な対象ばかりなのですが、著者がきちんと整理してくださっており、しかも平明な文章をおつかいのため、わたしはすいすいページを繰ることができました。

武士道それに忍者、いまや世界で知られるようになった伝統にも目が向けられています。

江戸しぐさだの恵方巻だのといった悪評がともなう妙な風俗にたいしては、ユーモアをまじえ、やんわりと(けれども、しっかり)批判を述べられていて、著者の高潔なお人柄が窺えました。

良い作品です。

本書をとおし、わたしは初めて、北海道の民芸品「木彫りの熊」がスイス発祥であったこと、けん玉がおそらくはフランス由来であること、ロシアのマトリョーシカ人形は日本「七福神の入れ子人形」をヒントにしたという説があること、などを知りました。

著者は最後に、

外国 → 日本というコースでできあがる伝統もある。逆に、日本 → 外国というコースでできあがる伝統もある。
こういったことは日本だけではなく、どこの国でも発生する。有名なのは、イギリス・スコットランドのタータンチェックや、インドネシア・バリ島のケチャなど。
ことわっておくが、それらが悪いと言っているのではない。伝統を、一つの民族や国の中だけで考えていると見誤る、というだけだ。(pp.279)

と、述べていらっしゃいます。

わたしは引用文を読みつつ、もしや、各国のさまざまな起源主張を念頭に置き書いておられるのではないか、と想像しました。

まさに2021年1月現在、中国と韓国のあいだで「キムチ」起源論争が勃発しているところです。

ペルー・チリ・ボリビアは、イモの原産地が自国だと三つどもえで言い張り、長らく揉めてきました。

ふつう、この種の争いは感情論に終始するだけで、きちんとした決着にはいたりません。

骨折り損なわけです。

日本の場合、うどんだって蕎麦だってラーメンだって最初は中国から渡ってきたと、ほとんどの国民が認めています。

節句・箸・呉服も中国発、焼酎の製造技術はタイに教わった、クリスマスやバレンタインデーはアメリカ文化の影響、ウォッシュレットはアメリカの病院が創意、ランドセルはオランダがもたらし、カレーライスはイギリスの紹介、ポルトガルのケーキが長崎カステラの原型となり、コロッケはフランス生まれ、かく認識して何ら恥じ入りません。

今後も極力そういう素直・公正な態度を貫き、見苦しい我田引水の提唱者になる愚は避けたいものです。

金原俊輔

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