最近読んだ本602:『最後の無頼派作家 梶山季之』、大下英治 著、さくら舎、2022年
梶山季之(1930~1975)がどれほど凄い書き手であったかは、
高橋呉郎 著『週刊誌風雲録』、ちくま文庫(2017年) 「最近読んだ本66」
武田徹 著『日本ノンフィクション史:ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』、中公新書(2017年) 「最近読んだ本76」
上記2冊で、余すことなく語られました。
ただし、どちらの書籍も週刊誌の敏腕記者だった梶山に焦点をあて、作家であった彼には触れていません。
大下氏(1944年生まれ)による本書は、梶山の生涯を俯瞰しており、その結果、彼が週刊誌「トップ屋(pp.34)」の嚆矢ともいえる存在だった事実はもちろん、作家としての彼に関する情報もふんだんに紹介してくれました。
さて、
梶山は、『小説GHQ』などの硬派作品、『と金紳士』などのユーモアど根性物語の傑作と、梶山ならではのスケールの大きい作品群をすさまじい勢いで生みつづけたが、世間的には、「ポルノ作家」のレッテルを貼られた。(pp.337)
記者の活動を終えたのち、小説を上梓しだした梶山が「ポルノ小説にも手を染めた(pp.288)」のは「昭和41年(pp.288)」。
当方が11歳だったころです。
以来、彼は「流行作家(pp.305)」になり「文壇の所得番付1位(pp.315)」にもなった反面、わたしが中学校へ進んだ時期はポルノ小説家としてのみ認知されていて、たとえば中学生が家族あるいは学校の先生がたの前で発してはいけないような名前でした。
梶山の長女は「小学校4年生のとき、クラスの悪童に、学校で『ポルノちゃん』(pp.337)」と呼ばれていた由です。
彼のいくつもの作品が「押収、回収(pp.297)」処分を受けたらしく、
発禁事件については、「オール讀物」に発表した『小説 防衛庁』が、あまりに反政府色が強かったため、その腹いせにエロのほうで摘発されたという説もあった。(pp.297)
世間が彼をポルノ小説家としてしか見なさなかったことは、もしや、何らかの働きかけに影響されていたのかもしれません。
いずれにしても「梶山はエロ作家だという世間のイメージ(pp.377)」が定着。
定着は長い年月にわたりました。
そのせいでしょう、「上質なエンターテインメント(pp.254)」もたくさん執筆していたのに、各種文学賞を受賞できず、
梶山さんは、死の旅となってしまった香港に立つ前のこと、美那江夫人に向かってつぶやいたという。「もしあのとき直木賞を受賞していたとしたら、物書きとして違う道を歩いたかもしれないね……」(pp.7)
『最後の無頼派作家~』は、梶山の芳しくなかった、自身にとっても不本意だった作家像を覆す評伝で、彼に対する何よりの手向けになったと考えます。
ところで、わたしは伝記を好む者なのですが、むかしは書かれている人物および業績に興味があって読んでいたものの、加齢にともない変化が起こり、68歳となった今は、ある人が生まれ、何らかの仕事をし、そして亡くなる、という流れの中で、人生の行きつく先、誰にでもやって来る死、主人公はどう終焉のときを迎えたのか……に関心が移ってきました。
本書もそんな味わいかたをし、梶山の逝去が近づくや、しんみりしつつ(自分もいつか旅立つのだなと思いつつ)展開を追いました。
金原俊輔