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『ルポ 人は科学が苦手:アメリカ「科学不信」の現場から』、三井誠著、光文社新書、2019年。

わたしはアメリカに住んでいたころ、テネシー州を訪ねたことがあります。

テネシー州はむかし(聖書にそぐわない)「進化論」を教えたかどで、学校教師を裁判にかけて有罪とした土地。

わたしが旅行した当時には有罪とする法律は改正されていたものの、保守的な空気がそこはかとなく漂っていました。

アメリカでの生活10年、わたしと進化論の関わりはこれだけです(関わりと言えない)。

知人・友人らと進化論について意見交換する場面などありませんでしたから。

そのため、上掲書を読んで、進化論を筆頭とする科学的な知識にたいしアメリカ人たちがいかに頑固に抵抗しているかを知り、おどろきました。

2015年、ローマ法王フランシスコは世界中の信者に向けて地球の気候変動対策をもとめる回勅(かいちょく)を出されたのですが、アメリカにおける共和党支持のカトリックたちは、

政治的な立場は「気候変動は疑わしい」といい、宗教指導者は「気候変動対策は道徳上の責任だ」という。(中略)
ざわざわする心を落ち着かせる解決策は何か。
「ローマ法王を信頼しなくてもいい」
答えは宗教指導者を疑うということだった。政治的な思いを優先し、ローマ法王への信頼を犠牲にするのだ。(pp.191)

信じられない一節です。

わたしが同国で所属した大学院修士課程・博士課程はどちらもカトリック系でした。

クラスメートの多くもカトリックであり、あの連中がローマ法王の言説を軽視するとはとうてい考えられません(民主党支持者ばかりでしたし)。

軽視するはずがないにもかかわらず軽視してしまうほど、アメリカでは政治的および非科学的な信念が根強いわけです。

宇内屈指の科学先進国なのに。

公立高校では、

生物学教師の約13%が、「創造論」など神が進化に関与したとする説を積極的に授業で取り上げていることがわかった。この先生たちの授業を受ける子どもは、生物学の授業で「神が生物を創造した」と教えられているということだ。(pp.155)

ペンシルバニア州立大学の場合、

アレイ教授が過去の気候を調べるために約11万年前までさかのぼる氷の層を分析していた時、ある学生がこう異議を唱えたという。
「あなたは聖書が示すよりも長い地球の歴史を主張している。不道徳なうそつきだ」(pp.67)

国全体を見ると、

米ギャラップ社の世論調査(2017年5月)によると、「神が過去1万年のある時に人類を創造した」との考え(創造論)を支持する回答が38%に上った。米国人の3人に1人は今でも、数百万年にわたる人類の進化を否定し、神が突然、人類を創造したと考えているのだ。(pp.147)

……いったいどうすれば良いのか。

本書では、科学者たちが「事実だけでは科学を十分に伝えられない時にどうすればいいのか(pp.210)」を模索した結果、「信仰を共有することで、煙幕の向こうにある人々の本当の心に(pp.213)」至ろうとしている取り組みが紹介されました。

迂遠なような気がしますけれども、試みに反対ではありません。

フランスのオーギュスト・コント(1798~1857)が提唱した「三段階の法則」によると、学問の発展は「神話的段階」「形而上学的段階」「実証主義的段階」の順序で進みます。

前記文章は、

清水幾太郎著『オーギュスト・コント 社会学とは何か』、岩波新書(1978年)

を参照しました。

文章内の「実証主義的段階」が科学に相当します。

ならば、人と「信仰を共有する」(これは神話的段階)だけではなく、「形而上学的段階」つまり理性そして論理性への働きかけも経ながら、最終目標の科学にたどりつかせる方策を検討してみてはどうでしょう。

わたし自身は、形而上学的段階に働きかける妙案を、まったく思いつくことができないのですが……。

金原俊輔

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