最近読んだ本635:『暴力とポピュリズムのアメリカ史:ミリシアがもたらす分断』、中野博文 著、岩波新書、2024年

副題にある「ミリシア」とは、

日本語では、しばしば民兵と訳される。(中略)
アメリカにおいてミリシアは、政府が設置した軍の部隊である。(中略)現在のミリシアは州軍として整備されるようになってから、150年以上が経過している。(pp.i)

民間人による武装団体である。(pp.iv)

これではミリシアが「民兵」「軍の部隊」「州軍」「民間人による武装団体」のうちのどれであるのか、把握できないのですが……。

わが国だと、幕末の「新選組」や「長州奇兵隊」みたいな戦闘集団に近い組織と見るべきかもしれませんし、あるいは三島由紀夫「楯の会」的な組織?

消防署とはすこし異なっている消防団の、軍隊版?

ともかく、本書では(謎の)ミリシアを中心に、アメリカ合衆国における争いの歴史が詳述されました。

「ミリシアはアメリカ史上、さまざまな反乱の母体であった(pp.190)」、こうした問題が時間軸に沿って紹介され、タイトルの「暴力」へとつながってゆきます。

しかし、ミリシアと「ポピュリズム」との関連性は、わたしにはよく理解できませんでした。

ポピュリズムとは、政治を支配するエリート層が一般市民(ピープル)を欺いていると騒ぎ立て、暴力沙汰もいとわない態度のことである。(pp.ix)

この種のお話はほとんど語られなかったような気がします……。

わからない話はそっとしておき、代わりに、本書がらみで、わたしが在米時代に体験した事柄をふたつ書きます。

まず、ひとつめ。

アメリカでは軍人が敬愛されているという事実です。

当方が若かったころ日本社会では自衛隊に対する否定的な見解が蔓延していて、女子高校生だったかの「自衛隊員とは結婚しません」なる発言も登場、同発言はニュースにすらなりました。

そういう雰囲気だった国から渡米してみると、現地では軍の人々が街なかのあちこちで楽しそうにしておられるし、また「Veterans’ Day(退役軍人の日)」が祝日として制定されており、元・軍人たちが誇らしげにパレードをおこなったりします。

国家に尽くした人々を大事にするのは当然と思いました。

以上のように軍が尊敬されているからには、きっとミリシアも尊敬されていることでしょう。

ふたつめです。

わが母校サンフランシスコ大学(University of San Francisco)は、カトリックのイエズス会が設立した私立大学です。

ふたつの小山をおもなキャンパスとしており、「ローン・マウンテン」という名のやや高めの山の中腹に広々した軍事教練場があって、軍服姿の若者たちがトレーニングを受けていました。

アメリカにはゆるい徴兵制度が存在しますから、わたしはその関係の施設だろうと思い込んでいました。

けっきょく正確な知識を得ないまま卒業したのですが、今回、本書を読み「もしかしたら、あれはミリシアの教練場だったのでは?」と想像しました。

軍のものであれ、ミリシアのものであれ、私立のミッションスクールが学内に軍事教練場を併設していること自体が日本では考えられず、けれどもそういう国はアメリカ以外でもめずらしくないのかもしれません。

金原俊輔