最近読んだ本307

『黙殺:報じられない「無頼系独立候補」たちの戦い』、畠山理仁著、集英社文庫、2019年。

一種の奇書です。

本書は「選挙」に立候補する人たちにスポットを当てたものだ。とりわけ、新聞・テレビなどのマスメディアからは「黙殺」されがちな候補者たちを追っている。(pp.3)

お言葉どおりの内容でした。

著者(1973年生まれ)は、2016年の東京都知事選を筆頭に、各種選挙において「泡沫候補」と目される候補者諸氏を訪ね、そのかたがたのお人柄・政治的抱負・演説・選挙対策・得票数などを確認されて、本書で細かく紹介なさっています。

たとえば、2007年7月。

参議院議員選挙に東京都選挙区から出馬したスマイル党のマック赤坂氏は、

街行く人をなんとかして巻き込もうとしていた。
「そこの、かっこいい男性、イケメンの!」
いきなりマックに指さされた男性は、ぎょっとしてマックを見た。マックは反応があったことを確認すると、嬉しそうに続けた。
「あなたのモテ方は、昔のモテ方です!」
男性は一言も言い返さずに、そそくさとその場を立ち去った。(中略)
今度は女性に、
「そこの若いあなた! どういう男性がタイプですか」
と声をかけはじめた。もちろん女性も逃げた。(pp.47)

白い街宣車の上からこういうやりとりをなさったとのこと。

同氏は2010年の参議院議員選挙の際、東京都庁前に陣取り、

大きな声で叫びながら、勢いよくパンツの股間脇部分を斜め上にぐいっと引っぱり、股間のものを出したのだ。
「レンホー、インポー、チンポー!」
私のカメラにはマックの股間のものがくっきりと映った。(pp.43)

絶句です……。

2014年の東京都知事選に出られた根上隆氏は、選挙管理委員会の室内で、

職員に書類を確認してもらっている間、根上は突然椅子から立ち上がった。そして袋からおもちゃのピストルを取り出すと、無表情のまま私のほうを向いて狙いをつけた。
「バーン! バーン!」
根上がそんな声を上げる中、私が微動だにせずビデオカメラを回して撮影を続けると、根上はピストルをポイと袋の中に放り投げ、再び選管の職員と向かい合って手続きを進めた。(pp.182)

2014年、大阪市長選に立候補した二野宮茂雄氏の場合。

私は他のすべての立候補者に接する時と同じように敬意を払いつつ、二野宮に聞いた。
「具体的に今回の選挙で訴えたいことはなんでしょうか」
二野宮は真面目な顔で答えた。
「自転車に2(ツー)ロックを義務付けて、盗難防止をしたい」
んんん? 2ロック? それは何ですか?
「2ロックって、自転車に鍵を二つつけることです」
たしかに鍵一つよりも盗難防止に役立ちそうだ。(pp.88)

2015年4月におこなわれた統一地方選挙では、後藤輝樹氏というかたが、

東京の千代田区議会議員選挙に「全裸」のポスターで立候補した人物がいた。大事な部分には候補者の名前の文字がかかっていたが、掲示板の前ではたくさんの人が「珍しい」「面白い」と写真を撮っていた。(pp.313)

あまりに濃い面々でした。

2014年の福島県知事選にて落選した金子芳尚氏は、早稲田大学理工学部OBです。

ポスターも自分で貼った。それどころか遊説先で偶然行き合った同じ知事候補の伊関明子と意気投合すると、伊関のポスターまで一緒に貼ってまわった。「お互い、ポスターが貼られていないところは貼り合ってがんばりましょう」と、エールの交換だけでなくポスターの交換をしていたのだ。(pp.336)

2016年、東京都知事選に挑戦された今尾貞夫氏は、

「子育て・教育」「老後・介護」を中心に政策を訴えた。立候補を決めたきっかけは、川崎で起きた中学生の殺人事件、そして広島県府中町で中学生が自殺した事件だ。(中略)
ちなみに今尾が街頭演説をしなかった理由の一つは、現職の医師であるからだ。(pp.261)

東京大学医学部ご卒業の由。

おなじ年の都知事選、元・労働大臣の山口敏夫氏も選挙活動をしたものの、残念ながら泡沫候補のひとりに分類されました。

大臣経験者だが、なぜか選挙中はほとんど黒いジャージ姿だった。(pp.288)

ご所属が往年のスポーツ平和党とかならば「ジャージ姿」も理解できなくはないのですが、氏はそのとき無所属でした……。

みなさま、濃いばかりではなく、多様性にも富んでいる模様です。

以上、独特の視点で政治参加の意義を問う作品でした。

登場人物たちの個性が光彩を放ち、そして、彼ら・彼女らと向き合う著者の誠実なお姿が滲みでてくる、政治ノンフィクションです。

それでは本書を読了し、「わが一票を泡沫候補に投じたい」「自分は泡沫候補あつかいを受けてでも政治家をめざしたい」と思ったかというと、わたしはまったく思いませんでした。

金原俊輔

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