最近読んだ本322

『ニューヨーク・タイムズを守った男』、デヴィッド・E・マクロー著、毎日新聞出版、2020年。

アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、2020年、横浜へ寄港したイギリス船「ダイヤモンド・プリンセス号」に向けたわが国の新型コロナウイルス対応策を、厳しく批判しました。

日本が手さぐりでおこなった必死の措置を非難され、わたしは腹を立てましたが、『ニューヨーク・タイムズを守った男』には信念をもって国家の木鐸にならんとする同紙の記者たちの勇姿が描かれており、見直しました。

読み進みつつ、

ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン共著『大統領の陰謀:ニクソンを追いつめた300日』、文春文庫(2005年)

を思いだしました。

『大統領の陰謀』は、大統領の犯罪にジャーナリスト諸氏が立ち向かってゆくドキュメントです。

こちら『ニューヨーク・タイムズを~』は、言論の自由・出版の自由を謳う「アメリカ合衆国憲法修正第1条」をどう解釈するか、いかに遵守するか、についての話でした。

おもな敵役は、ドナルド・トランプ大統領。

著者のマクロー氏(1954年生まれ)はニューヨーク・タイムズ社ニュース編集室の顧問弁護士でいらっしゃいます。

憲法修正第1条の価値観を大事にする人間として、その最も優れた使い方とは、断絶の一部を修正するということ、そして「君の意見には賛成しないが、君がそう言う権利は死んでも守る」という昔ながらの報道の自由を守ること、それを支持する左派と右派による国家的連合の復活を試みることだと、私は考え続けた。(pp.46)

こんなお考えをおもちでした。

有能な弁護士みたいですし、「ワーカホリック」といえるほど仕事熱心なかたでもあられます。

氏の奮闘のおかげで『ニューヨーク・タイムズ』紙は迷いなく種々の記事を掲載できているようでした。

エピソードをひとつ紹介しましょう。

著者がトランプ大統領の弁護士に宛ててある反論の手紙をだした際に、その手紙は公開され、国内外で大きな反響を巻き起こしました。

「タイムズ」のニュース編集室内での反応には元気づけられた。手紙を送った翌日に私が部屋に入るや、スタンディング・オベーションを浴びたという噂を記者たちが流して、そのエピソードがすぐさまマスコミに取り上げられたのである。(中略)
確かに私は拍手(オベーション)を受けた。(pp.384)

上述の場面すら生じたそうです。

守護神への称賛。

硬い内容の本書ながら、マクロー氏はところどころにユーモラスな文章も挿入されました。

たとえば『フェイスブック』にフェイクニュースが載りがちな傾向を指摘したのち、

フェイクニュース・スキャンダルに対して、フェイスブックは当初、自分たちはこの問題と無関係であるとでもいうようにふるまった。それは、急ブレーキを踏んだことによって、自分の後方で100台が絡む玉突き事故を起こした運転手が、バックミラーを見て、なぜ運転が下手な者が大勢いるのかと思いながら走り去るようなものだった。(pp.239)

卓抜な比喩で、ニヤリとさせられます。

書中、トランプ大統領がらみ以外の話題も、それは記者が外国で誘拐された事件や有名人のセクハラ事件などなのですが、存分に語られました。

ノンフィクションの佳作です。

わたしは夢中になってページを繰りました。

本書にかぎりません。

邦訳されている外国発のノンフィクションはどれも重厚で、学ぶべき事柄が多く、おまけにおもしろい作品ばかりです。

では……。

かつて「最近読んだ本76書評」で日本ノンフィクションのランキングをおこないましたから、今回はわたしが感銘を受けた外国ノンフィクションのトップ・テンを記させていただきます。

第1位 V・E・フランクル著『夜と霧:ドイツ強制収容所の体験記録』、みすず書房(1971年)

第2位 ユン・チアン著『ワイルド・スワン』、講談社(1993年)

第3位 コーネリアス・ライアン著『史上最大の作戦:いちばん長い日』、筑摩書房(1962年)

第4位 F・L・アレン著『オンリー・イエスタデイ:1920年代・アメリカ』、研究社叢書(1975年)

第5位 デイヴィッド・ハルバースタム著『ベスト&ブライテスト』、朝日文庫(1999年)

第6位 ソルジェニーツィン著『イワン・デニーソヴィチの一日』、新潮文庫(1963年)

第7位 柯旗化著『台湾監獄島:繁栄の裏に隠された素顔』、イーストプレス(1992年)

第8位 ロバート・キャパ著『ちょっとピンぼけ』、文春文庫(1979年)

第9位 チャールズ・A・リンドバーグ著『翼よ、あれがパリの灯だ』、恒文社(1991年)

第10位 ヘイエルダール著『コン・ティキ号探検記』、筑摩書房(1969年)

第1位に推した『夜と霧』。

この本を名著と呼ばずしていったい何を名著と呼べば良いのか……。

非常に深刻な体験記で、真の人間性、人生の意味、命の意味、極限状況に置かれた人々の美しい振る舞いに、グイッと心を向けさせられます。

著者のヴィクター・フランクル(1905~1997)は「ロゴセラピー」なる心理療法を創始しました。

わたしはアメリカ留学時代に当該療法を学び、学ぶついでに国際電話をかけてオーストリア在住のフランクル先生とお話ししたことが、すごく自慢です。

金原俊輔

前の記事

最近読んだ本321

次の記事

最近読んだ本323