最近読んだ本349

『神さまとぼく 山下俊彦伝』、梅沢正邦著、東洋経済新報社、2020年。

タイトルにある「神さま」は、松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)の創業者・松下幸之助(1894~1989)を指します。

すでに生前から「経営の神様」と目されていました。

そして「ぼく」は、山下俊彦(1919~2012)のこと。

同社第3代社長です。

山下が社長に就任したのは、1977年2月。

マスコミは「25番目の男」「4階級特進」「序列社会・日本が震撼」「ビジネス大革命」と書き立てた。(pp.147)

世間も「山下跳び」「22段飛び」と大騒ぎした。(pp.137)

わたしは新聞記事の「山下跳び」なる小見出しをおぼえています。

しかし、そこまでであって、彼の業績や人柄についての知識はゼロでした。

今回『神さまとぼく』が多岐にわたる情報を供してくれました。

山下は複雑な事情をかかえた家庭で育ち、最終学歴は大阪市立泉尾工業高校卒業。

1938年、松下電器に入社しました。

当初、エリートだらけの大企業内で際立つ存在ではなかったかもしれませんが、「努力」「能力」「誠実さ」を発揮して社長職へ登りつめました。

山下俊彦は努力の達人だった。(pp.25)

おこなっていた努力のひとつが読書で、「手あたり次第の乱読(pp.386)」を通し、ご自分を高めたそうです。

能力を物語る代表的エピソードは、

山下のエアコン事業部は業界初の壁掛けセパレート型エアコン「樹氷」を発売した。(中略)松下電器のエアコンは、この「樹氷」で日立を抜き、ついに業界トップの座に立つことになる。(pp.110)

能力に関し、本人は下記信念を有していたらしいです。

人の能力は、いや、性格さえも努力と鍛錬によって作られる、と山下は考えていた。(pp.177)

誠実さを見ると、

欲がない。ウソがない。虚飾がない。人に対して分け隔てない。(中略)中山素平は、山下のないない尽くしをこよなく愛した。(pp.188)

立派な人物だったのでしょう。

著者(1949年生まれ)が「最も強く惹かれた経営者(pp.483)」と敬意をこめてお書きになっているのも頷(うなず)けました。

『神さまとぼく』、末端の経営者であるわたしに特別有益な読物で、なぜなら書中「山下語録」が散りばめられており、そのどれもが当方の指針となったからです。

「危機に際して危機を認めることは難しいことではありません。しかし、順調に進んでいる時に危機を感じることは、一面、非常に難しいことです。そして、一番よくないことは、危機にありながら危機を認めず、満足な業績が上がらない原因を環境の困難さに押し付け、どの会社も似たようなものだからと安易に考えて自分を甘やかすことです」(pp.157)

就任当初、「どんな会社にしたいか」と聞かれると「疲れの残らない会社にしたい」と答えた。(pp.190)

「改革というのは、社長の命令があるからやるものじゃない。(そんな改革は)できたとしても後に禍根を残す」。改革は、一人ひとりの「個」に到達し、一人ひとりが主体的に動き出さない限り、成功しない。心底、山下はそう思っている(後略)。(pp.291)

会社は「成果よりも、そこで働く人を大事」にし、幸せにすることを第一義とせねばならない。そう言い切った。(pp.412)

言葉ひとつひとつが琴線にふれました。

山下と松下幸之助との距離感、山下と先輩・部下の関係、人を襲う運命、企業が経験する浮き沈み、技術者たちによる挑戦、外国人と日本式経営……、興味ぶかい話題がつぎつぎに出てくる作品です。

金原俊輔

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