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『起業の天才!:江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』、大西康之 著、東洋経済新報社、2021年。

元亀・天正のころ、つまり戦国時代の終盤ですが、安国寺恵瓊(あんこくじ・えけい、1539?~1600)という名の僧がいました。

恵瓊は、天下統一にむかい絶好調だった織田信長(1534~1582)を「高ころびにあをのけ(仰のけ)にころばれ候ずると見え申し候」と予想し、そうしたところ、果たして恵瓊の予想どおりに歴史が動いて、信長は本能寺で死去したのです。

わたしは『起業の天才!』を読みながら上掲の故事を想起しました。

江副浩正(1936~2013)。

リクルート社を興し巨大企業に育てあげた経営者として知られています。

彼は、自社の未公開株を政界・官界・財界の知己たちに購入させ、儲けさせ、これが「リクルート贈収賄事件」に発展して、有罪判決を受け、失脚しました。

「高ころびに」ころんでしまったわけです。

『起業の~』は、そんな江副の人生および事件の真相を語ったビジネス系ノンフィクション。

リクルート贈収賄事件が日本中の耳目をあつめていた時期、わたしはアメリカに住んでいた関係で成りゆきをじゅうぶん把握できず、知らなかった過去のあれこれを著者(1965年生まれ)に教示していただきました。

なによりも本書のおかげで江副がすごい人物であったことを再認識しました。

すごいと再認識した理由は、彼が「やがて世界最大の資産家(pp.10)」になるジェフ・ベゾス氏(1964年生まれ)をリクルート社の社員としたから、リクルート社が「2019年3月期には連結売上高2兆3000億円(pp.450)」を弾きだしたから、などでなく、別の事情に由来します。

別の事情とは?

以下、3つの引用で説明しましょう。

江副は「リクルートのホストコンピューターには『住宅情報』の売り物件がすべて蓄えられている。それを活用したオンラインサービスはうまくいく」と、単なる仲介会社になることを許さなかった。(中略)
アメリカでグーグルが産声をあげる15年も前に、日本でコンピューターを使った「検索サービス」を始めていたのだ。(pp.232)

むかしのコンピューターは「電子計算機」だったのですが、江副はむしろ「検索機」としての機能に着眼しました。

マップデータは航空写真や、航空写真から作成した既成地図を座標読み取り装置でデジタル信号としてコンピューターに蓄え(コンピューター・マッピング)、地図データベースとしての利用を目指す会社である。(中略)
「日経とリクルートが組んで、なぜ地図なんだ」
両社の社内でも、森田と江副の意図を測りかねる声が上がったが、ネット時代を生きているわれわれには馴染み深い。森田と江副は「グーグル・マップ」をやろうとしたのである。(pp.265)

グーグル・マップが始まる「20年前(pp.265)」に、江副らは類似のサービスを創意、それがお金になる可能性にも気づいていた模様です。

1987年、国際オンライン決済システムを視野に入れ、

オンライン決済の重要性が広く認識されるのは1998年にピーター・ティールやイーロン・マスクが「ペイパル」を立ち上げてからだ。それより10年以上早く、江副はその将来性を見抜いていたことになる。(pp.287)

感嘆するほかありません。

彼は「先見の明」の権化みたいな人でした。

高い確率で、

リクルート事件がなければ、ネット時代の世界を牽引するグーグルのようなベンチャー企業は日本から生まれていたかもしれない。(pp.287)

こうなったでしょうし、きっとアメリカ「GAFA」勢に相対してくれていたでしょう。

江副の法律違反に司法が罰をくだした顛末はやむを得なかったものの、国家発展を見据え、社会は爾後に彼を重用すべきだった……。

江副ひとりを失ったがため、わが国の経済力・情報支配力は伸び悩んでしまっている、と言っても過言ではないのです(織田信長の急逝より惜しいかもしれない)。

失策を繰り返してはいけません。

現在でいえば、わたし自身は好きでないのですが、堀江貴文氏(1972年生まれ)に思う存分お力を発揮していただきたく、朝野は彼に活躍の場をどしどしあたえてほしい、と願っています。

金原俊輔

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