最近読んだ本415

『神保町「ガロ編集室」界隈』、高野慎三 著、ちくま文庫、2021年。

むかし『ガロ』という月刊マンガ雑誌がありました。

創刊が1964年、廃刊は2002年です。

東京都千代田区神田神保町の青林堂が発行していました。

この『ガロ』、世間から「大学生の読むマンガ雑誌(pp.50)」、「ニヒルな(pp.70)」マンガが掲載されている雑誌、と受けとめられており、おそらく左記が原因だったのでしょう、同誌の創刊時9歳だったわたしは、当時のみならず、大人に近づいた以降も、熱心な読者にはなりませんでした。

『神保町「ガロ編集室」界隈』は、青林堂に編集者として勤務され、『ガロ』へ寄稿していたマンガ家たちとお付き合いが深かった高野氏(1940年生まれ)による、回想譚です。

さまざまなマンガ家が登場したなか、最も多くのページが割かれたのは、つげ義春氏(1937年生まれ)つづいて白土三平氏(1932年生まれ)。

ほか、水木しげる氏(1922~2015)、滝田ゆう氏(1931~1990)、辰巳ヨシヒロ氏(1935~2015)、池上遼一氏(1944年生まれ)、などの話題が語られました。

日本マンガの歴史を振り返る際にかならず含まれるであろう顔ぶれです。

わたしは一貫して水木しげるファンであり、長じたのちにはつげ義春作品にも少なからず目をとおした関係で、本書を満喫しました。

それでは、つげ氏が水木氏のマンガ制作を手伝っていた時期のエピソードを、引用してみましょう。

ある日、青林堂に電話があり、「つげさんが突然いなくなったのですが知りませんか?」という。水木宅に急行すると「つげさん、憂鬱そうな顔をしてました。女にふられたんですかね。自殺でもするんじゃないですかね」と険しい表情。だが、その険しさには楽しんでいるふしがないではない。「きっと旅行ですよ」というと、「旅行! そうですか、じゃ自殺しないですか、ハハハハ」。水木さんは得体の知れないつげさんが大好きなのである。(pp.223)

引用文前後の文章で判断すれば、水木氏・つげ氏はそろって味わいが濃い人物みたいでした。

ところで『ガロ』はそもそも白土三平氏のための媒体だった由です。

それは『ガロ』が白土三平さんの長編「カムイ伝」を連載するために発刊されたことに原因するのだろう。白土さんの考えや思想に共感を寄せる読者が『ガロ』の読者の多くを占めていた。(中略)
雑誌の性格としては白土さんが主軸であった。(pp.138)

知らなかった情報だらけでした。

『神保町~』は今後、マンガ愛好家および研究者たちから「資料的な価値を有する文献」と位置づけられるようになるのではないでしょうか。

以下、余談です。

本書においては「熱気が都会に渦巻いていた(pp.142)」「緊張した時代であった(pp.180)」社会の情勢もくわしく書き込まれていました。

たとえば、1966年(昭和41年)。

ベ平連がベトナム反戦運動を展開していた。フランスからサルトルを呼んで、品川公会堂でティーチインを開いた。(中略)
会場の壇上には、サルトルをまん中に小田実、鶴見俊輔、日高六郎、小松左京、谷川雁、そのほか2、3人が並んでいた。(中略)
谷川雁がとつぜん立ち上がり、「サルトルを日本に呼んだからといってベトナム戦争が終わるわけじゃない、ベ平連は呑気すぎる」と憤然とすると、満席の聴衆から「帰れ帰れ!」コールが起こった、谷川が「そこのキミ、おれは鶴見君や小田君を右翼の襲撃から守るためにきた、キミたちにその覚悟はあるのか」と詰め寄った。(pp.178)

こんな熱気や緊張に満ちた雰囲気、おぼえています。

昭和時代中盤特有の雰囲気でした。

『ガロ』誌が好評を博していたころは少年だったわたしですが、いまや65歳、昭和は遠くなりにけり……と思います。

金原俊輔

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