最近読んだ本460
『悪の処世術』、佐藤優 著、宝島社新書、2021年。
世界史に足跡をのこしている人物たち(故人であれ存命中であれ、全員が独裁者)の処世術を論じた本です。
計11名が取りあげられました。
佐藤氏(1960年生まれ)は旺盛な文筆活動をなさっているかたで、わたし自身たくさんのご著書を読んできています。
書物でお見せになる氏の学識につねづね舌を巻いているのですが、今回の作品にかぎっては、文章がじゅうぶん練られていなかったというか、推敲不足というか、テーマと内容とが整合性に欠けていたというか、さほど満足しませんでした。
2000年4月、小渕恵三首相(1937~2000)の急逝を受け、鈴木宗男氏(1948年生まれ)がロシア大統領候補だったウラジーミル・プーチン氏(1952年生まれ)と面談した際の様子を見てみましょう。
著者も同席されていたそうです。
鈴木は小渕総理の魂が乗り移ったかのように日露外交のために言葉を尽くしていた。
「この席に小渕さんが座っているように思う」とプーチンが言ったとたん、鈴木の目から涙があふれた。プーチンはしばらくそんな鈴木の様子を見つめていたが、やがてプーチンの瞳からも涙がこぼれ落ちたのである。(pp.36)
うるわしいエピソードみたいな感じで記述されています。
しかし、引用の発言は社交辞令、そのあとはウソ泣き、と考えても不自然でないのではないでしょうか。
プーチン氏が旧ソビエト連邦KGBのスパイだった事実はひろく知られています。
社交辞令やウソ泣きぐらい自家薬籠中のものとしているはず。
外交の場に至誠などないと力説してこられたのは佐藤氏だったのでは?
つぎも、ソ連の例になります。
著者はヨシフ・スターリン(1878~1953)の暴政を語りながら、
当時は「告発者は告発されない」という言葉があった。自分の悪事を告発されたくなければ、自分が先んじて仲間を告発すればいい。こうして不信が不信を呼ぶ、巨大な密告社会ができあがっていった。(中略)
ズルの嫌いな風紀委員のようなタイプの人、今であれば、マスクから鼻が出ているだけで大騒ぎするような人が、何かズルをしていそうな人を見つけ出しては密告する。(pp.239)
後半のたとえが変です。
たとえる場合、「風紀委員」自身もひそかにズルをしている、「大騒ぎする」人だって実は鼻出しマスク状態である、こうでなければ話が成立しないでしょう。
土台、弾圧のもとでの「密告」と、たとえ話で書かれたような「ズル」とは、切迫度が異なりすぎ、たとえること比較すること自体に無理があると考えられます。
以上2点の批判を述べました。
それでも『悪の処世術』で勉強になった箇所はけっして少なくありません。
わたしは、とりわけ第6章「エンベル・ホッジャ:アルバニアに君臨した『史上最強』の独裁者」に、関心をもちました。
本書を読むまでエンベル・ホッジャ(1908~1985)の名前すら知らなかったのです。
金原俊輔