最近読んだ本463

『偉い人ほどすぐ逃げる』、武田砂鉄 著、文藝春秋、2021年。

武田氏(1982年生まれ)がお書きになるものに関し、わたしは「最近読んだ本98」で、今後は硬めの評論または柔らかく軽妙なエッセイのどちらかに焦点を絞るべき、という意見を述べました。

それでは、この『偉い人ほどすぐ逃げる』はどんな作風だったか?

随処にて軽妙な筆致を明滅させながらも、基本的に目立ったのは硬さのほうです。

全ページ、政治家や財界人や文化人らを対象に武田氏が辛辣な批判を展開なさる、硬質な時事評論でした。

そもそも、民主主義国家における政治家は、自分たちの代わりに政治の仕事をしてくれている人であって、決して「偉い人」ではない。だが、このところ、俺は偉いんだぞ、と叫びながらこっちに向かってくるのではなく、そう叫びながら逃げていく姿ばかりが目に入る。(pp.259)

上掲の引用文に込められた氏の思いが、本書標題に反映されているようです。

ここで「逃げていく姿」とは如何なる姿なのかを、例示しましょう。

いわゆる森友学園問題で記者からご自身の責任を問われた安倍首相(当時)が、

その質問に答えることはなかった。彼は、記者からこれ以上聞かれたくない時には、自分の話を終えると同時に体を90度回転させる。彼が最も俊敏に動く瞬間だ。あの瞬発力はなかなかのものだ。(pp.60)

つづいて、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致をめぐり日本の招致委員会がワイロをつかったのではないか、という贈収賄疑惑の件。

招致委員会理事長でいらした竹田恒和氏は、

質疑を一切受け付けない、たった7分で終えた記者会見の中で、「担当者が稟議書を起案し、上司が順次、承認した上で、理事長だった私に押印を求めた。私自身はいかなる意思決定プロセスにも関与していない」と述べた。(中略)
億単位の金を動かす稟議書にハンコを押した上で、意思決定プロセスに関与していないと言い切る力業には何がしかのメダルの授与が必要だ(後略)。(pp.144)

著者の武田氏は両者の逃げを怒り、

自分たちへ向けられる疑念については「こちらの認識とは違う」という見解の相違で言い逃れる(後略)。(pp.31)

こう訴えられ、

契約相手が国民ではなく、身内と専属契約して戯れる政治家・官僚が幅をきかせている。踏み潰して、忘れさせる。この非道なルーティーンに対して、覚えています、調べ直せ、と繰り返す必要がある。(pp.61)

と、主張されました。

ほかにも、菅義偉首相、小池百合子東京都知事、渡邉美樹氏、桜田義孝五輪担当大臣(当時)、小泉進次郎氏、柴山昌彦文部科学大臣(当時)、麻生太郎財務大臣、といった面々の言行を取りあげ、逃げっぷりを論難なさっています。

わたしは氏が書中お記しになられている種々ご指摘に共鳴しました。

道理にかなった指摘ばかりです。

共鳴したと同時に、氏が再三保守の顔ぶれを槍玉にあげていらっしゃることから、もしや氏ご自身も保守的な傾向を有されているのではないか、だからこそ現状への落胆が深いのではないか、と推測しました。

推測の当否は分りません。

最後のコメント。

武田氏が以前上梓なさった文庫本の書評「最近読んだ本230」で、わたしは「まとまりが悪い」なる失礼な見解を表しました。

『偉い人ほど~』は、確(かく)とした構成の、まとまりが良い読物です。

金原俊輔

前の記事

最近読んだ本462

次の記事

最近読んだ本464