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『ラストエンペラー 習近平』、エドワード・ルトワック 著、文春新書、2021年。

ルトワック氏(1942年生まれ)はルーマニアご出身で、いまはアメリカ合衆国に居住している、歴史学および経済学の研究者です。

米国ジョンズ・ホプキンス大学にて博士号を取得されたのち、国防省の官僚やホワイトハウス国家安全保障会議メンバーなどを歴任なさいました。

わたしはむかし、氏の旧作、

エドワード・ルトワック著『中国4.0:暴発する中華帝国』、文春新書(2016年)

を読んだことがあります。

説得力に満ちた本でした。

ルトワック氏は、無駄のない文章にて鋭い分析を論理的にしめされるのがお得意で、その結果、ご著書は非常に強い説得力を有します。

『ラストエンペラー 習近平』も同様。

2021年現在の中華人民共和国にたいし、鋭利な考察を理路整然と展開しておられます。

例をあげましょう。

中国には「シーパワー」すなわち海軍力と、「マリタイムパワー」=海洋力の違いが理解できていない。(中略)
海軍力とは艦船の数やそのスペック(性能)、乗組員の能力や士気、統制のとれた運用などで決まるものだ。つまりは、その国家がどれくらい海軍に投資できるかによっており、言い換えれば、その国の内部で完結できる話だ。
それに対して、海洋力とは、海軍力の上位にある概念だ。それは自国だけではなく、他の国との関係性で決まるのである。(pp.49)

日露戦争へと話がすすみ、

バルチック艦隊は、イギリスを敵に回したために、イギリスのコントロール下にある港を利用することができず、日本海にたどりつくのがやっとだった。これが海洋力だ。(pp.49)

わたしにとって「目からウロコ」でした。

第二次世界大戦を振り返ると、日本はそれなりの海軍力を誇ってはいたものの、より大事な海洋力のほうが弱かったわけです。

また、安倍前首相が2016年に「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱したのは、日本のための海洋力醸成であった、至極妥当な構想だった、とも気づかされました。

つぎに、ルトワック氏は、中国で進行している独裁制に関し、

独裁者が唯一持てないものは、安全な在職権だ。あなたが日本の郵便局につとめているとすれば、人をぶん殴ったり、犯罪を起こしたり二日酔いの状態で何度も仕事に行かないかぎり、仕事と生活の保障はある。
翌朝起きたら職を失っていたり、いきなり誰かが家にやってきて牢屋に入れられたり、党の会合で吊るし上げられ、拷問されることもないだろう。ところが習近平には、このような可能性が常に存在しているのだ。すべての独裁者に「安全」はないのである。(pp.98)

なるほど……。

習政権が中国人・香港人の言論を過剰なまでに統制したり、国内すみずみに顔認証用の監視カメラを設置したりしているのも、要は、習氏がご自分の「安全」を感じていないからなのでしょう。

彼だけでなく、きっと世界各国の独裁者たちも気が休まらない日々をすごしている、と想像されます。

以上2例にかぎりません。

興味ぶかいうえに納得できるご指摘が目白押し。

参考になりました。

本書は、ルトワック氏が習国家主席の将来をどう予想しているか、アメリカ人たちが昨今の米中関係をどのように受け止めているか、アメリカ人が日中の軋轢をいかに見ているか、を知るにあたって有益です。

金原俊輔