最近読んだ本489:『2030 半導体の地政学:戦略物資を支配するのは誰か』、太田泰彦 著、日本経済新聞出版、2021年
お恥ずかしいことですが、わたしは半導体の重要性を分っていませんでした。
ぼんやり「パソコンにとって必須なもの」程度の認識しか有していなかったのです(バカ文系でして)。
しかるに、
〇 コロナ禍で半導体輸入が滞ったため自動車の国内製造が悪影響を受けた
〇 台湾の半導体生産大手「TSMC」工場のわが国誘致を政府が先頭に立っておこなった
〇 2022年2月「ロシアのウクライナ侵攻」を受け、日本がロシア制裁として同国への半導体輸出を規制した
こうしたニュースにつぎつぎ接し、遅ればせながら「多方面で非常に大事なものであるみたいだ」と気づいて「勉強しなければならない」と考えました。
半導体は工業製品であると同時に、政治的にユニークな特性がある。経済を支える柱となるだけでなく、敵対する国を追い詰める武器として使われることもある。(pp.14)
半導体はあらゆる製造業、サービス業に欠かせない部品であり、半導体がなければ人々の生活は成り立たない。人々の暮らしを見えない場所で支える社会インフラと呼べるだろう。
インフラであるならば、そのサプライチェーンを攻略することで、敵対する国の社会を崩壊させることもできる。核兵器やミサイルだけでなく、半導体の供給を断つ方が、攻撃手段として有効であるかもしれない。(pp.15)
本書タイトルに「地政学」の語が入っているとおり、書中、各国が半導体の領域で一歩でも諸国に先んじようとし、そのために同盟国同士が手を結んだり敵対国同士が牽制し合ったりしている現状が、詳述されました。
この種の本を読みつつ気になるのは「では、自分の国は今どれくらいのレベルにいるのか?」ということです。
簡単なまとめを見てみましょう。
半導体バリューチェーンのボトルネックとなる要衝は、世界にいくつかある。高度な製造技術を握る台湾のTSMCはその筆頭であり、基本回路をライセンス供給する英国のアーム、微細加工の製造装置を独占するオランダのASMLもその一つだ。(中略)いまの日本には、残念ながら要衝と呼べるほどの企業はいない。(pp.184)
引用文の、TSMC社の時価総額は約61兆8000億円で、半導体受託生産企業としては世界第1位、おなじ業種で世界第2位のサムスン電子(韓国)を大きく引き離しているうえ、時価総額だけで比較すると、日本では圧倒的トップであるトヨタ自動車のおおむね2倍。
つぎのアーム社は、半導体設計ソフトを開発しライセンスの形で他企業に供与する会社らしく、米国に複数の好敵手が存在しているいっぽう、日本にはライバル社がない模様でした。
ASML社は「露光装置(pp.171)」の開発においてキヤノンやニコンを打ち破ったそうです。
負けている……。
しかし、将来(2030年ごろ)に向かって希望の光も瞬(またた)いていました。
半導体チップは、製品として世に送り出されるまでに20以上の工程を経る。(pp.32)
20工程のところどころで日本が相当な力を発揮している分野がある由なのです。
素材でいえば、ウエハーの生産は信越化学工業と、SUMCOが有力で、日本の2社だけで世界シェアの約半分を占める。(中略)
食品会社の味の素は、半導体の素材として欠かせない絶縁材で世界シェアのほぼ100%を握っている。(pp.201)
味の素の件は、他の書物を読み、すこし知っていました。「最近読んだ本416」
そのほか、電圧が高い電流を電子機器に流す役割をになう「パワー半導体」では日本勢の健闘がめだち、演算速度を極限まで高めた「ロジック半導体」の開発、光信号と電気信号とを組み合わせて世界を驚嘆させた「光論理ゲート」の発明、等々、明るい話題もないではありません。
著者(1961年生まれ)は、こんな産業界の胎動を「日本再起動(pp.183)」と、パソコン用語である「再起動」に掛けながら紹介してくださいました。
ホッとしました……。
精進を怠らず成果を紡ぎだしていらっしゃる本邦技術者の皆さまに感謝いたします。
金原俊輔