最近読んだ本557:『ドーパミン中毒』、アンナ・レンブケ 著、新潮新書、2022年

ドーパミンは、人が意欲をもったり快感をおぼえたりすることに関与している脳内ホルモンで、近年話題となり、別称の「幸せホルモン」なる語でも知られています。

米国スタンフォード大学教授でいらっしゃる精神科医レンブケ氏(1967年生まれ)が、ドーパミンを中心に据え、執筆されたご自身の精神医療症例集が上掲書。

薬物、食べ物、ニュース、ギャンブル、買い物、ゲーム、電子テキスト、性的な電子テキスト、フェイスブック、インスタグラム、YouTube、ツイッター……(後略)。(pp.3)

これらが人々に強く影響し、そして、こうしたものは、

ドーパミンを運んでくる現代の皮下注射だ。(中略)たくさんのドーパミンが脳の報酬回路に放出されればその行動をもっと求めるようになるのだ。(pp.4)

われわれを「依存症の餌食(pp.5)」にしてしまう、というわけです。

『ドーパミン中毒』では、「ドーパミンの放出量を増加させる(pp.75)」悪癖や奇癖と闘う患者さんたちが、多数紹介されました。

参考となる情報に満ち、納得できるコメントも散見され、短所はひとつだけの、良書です。

参考となる情報の一例は、

私たちが幸せを感じる一つの鍵は、ソファーから立ち上がり、バーチャルではなくリアルに体を動かすことだ。よく患者に言うのだが、近所を一日30分散歩するだけで違いが出てくる。(中略)運動は私が処方するどんな錠剤よりも気分、不安、認知、エネルギー、睡眠の状態をよくし、その効果を持続させる。(pp.205)

けだし至言。

つづいて、納得できるコメントの例ですが、

患者が自分を語る時に自分を被害者として語ることが多く、起こってしまった悪い結果に対してほとんど責任がないというような話し方をするならば、その人の健康状態はあまりよくないことが多く、その先もうまくいかないことが多い。彼ら/彼女らは人を責めるのに忙しく、自分を回復させることに本腰を入れて取り組むことができない。(pp.252)

きびしいご指摘ながら、カウンセラーのわたしにも思い当たるふしがあります。

それでは、短所について述べましょう。

日本語版タイトルに「中毒」という言葉が入っている件です。

レンブケ氏がおつけになった英語の原題は「Dopamine Nation」つまり「ドーパミンの国」で、中毒の意味合いはどこにも含まれていません。

中毒とは、化学物質が人間の体内で毒性を示しだした状態を指します。

本書は中毒をあつかっておらず、依存症をあつかっている作品なのに、邦訳で中毒が表題に使われた結果、内容と齟齬(そご)をきたしました。

訳者もしくは出版社の不手際と言わざるを得ません。

依存症とは、人が何かに心を奪われ、それをやめようとしてもやめることができなくなっている状態であり、中毒と異なるのです。

金原俊輔