最近読んだ本603:『アメリカがカルトに乗っ取られた!』、町山智浩 著、文藝春秋、2022年

アメリカ合衆国に居住して「22年(pp.271)」になられる著者(1962年生まれ)。

現地での体験記をつぎつぎ日本で出版なさっています。「最近読んだ本555」

『アメリカがカルトに~』も、そのひとつ。

今回は「オカルト(pp.3)」「陰謀論(pp.3)」「カルト(pp.4)」「反ワクチン、反マスク運動(pp.63)」「インチキ健康法(pp.212)」などに惑わされ犯罪や破滅にいたってしまっているアメリカ人たちの話をお書きになりました。

愚かで、騒々しく、やがて哀しき、エピソードだらけです……。

ただし(著者はとっくにご存じと拝察しますが)アメリカ国民がカルトだのオカルトだのを好むのは今に始まったことではありません。

わたしが住んでいた昔からそうでした。

その問題自体をテーマにした書物とてあります。「最近読んだ本261」

また、わたしが当コラムで幾度か参照した心理学者レオン・フェスティンガー(1919~1989)は、1950年代にアメリカ国内のとあるカルト集団の言動を調査し、

L・フェスティンガー、S・シャクター、H・W・リーケン 共著『予言がはずれるとき:この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』、勁草書房(1995年)

を発表したほどです。

さらに遡れば、17世紀には魔女裁判すらおこなわれていました。

そういった意味では本書のテーマは目新しくないものの、書中、わたしが知らなかった情報が多々語られており、おかげさまで雑学知識の増加につながりました。

たとえば、向こうでは「『リーダー、指導者』という意味で(pp.176)」「ホンチョー(Honcho)(pp.176)」なる表現が用いられているらしく、

この英単語、もともとは日本語の「班長」だ。第二次大戦時に、米軍の捕虜になった日本兵の会話から、米兵に広がっていったと言われている。今ではアメリカ人の多くが、それが日本語だったことを知らないで使っている。(pp.176)

あるいは、著者がロシアのウクライナ侵攻を考察する章内で、アメリカには、

ユダヤ系ウクライナ人を祖先に持つ芸能関係者はもっと多い。(中略)スティーヴン・スピルバーグ、ボブ・ディラン、ダスティン・ホフマン、それに……。(pp.167)

シルベスタ・スタローン氏(1946年生まれ)。

スタローンの母の旧姓はラビノヴィッチ。ロシア帝国に併合されていたウクライナのオデッサからアメリカに逃げてきたユダヤ系移民3世なのだ。それを知ると、スタローンが『ロッキー4』や『ランボー』シリーズでソ連と戦ってきたことに別の意味が見えてくる。(pp.167)

ところで、著者は「なぜアメリカでアジア系は他のアジア系とよく間違われるのか?」章において、

人は、自分と違う人種の人たちの顔の違いを認識しにくい。これをクロスレース効果と呼ぶ。たとえば、白人男性には黒人男性の顔がみんな似たように見える傾向がある。(中略)
アジア系が一緒くたにされるということは、裏を返すと、なかなか覚えられない、ということ。学校の先生はアジア系の生徒をなかなか覚えない。顔も名前も。企業だと給料や出世に影響する。(pp.207)

上記「クロスレース効果」は社会心理学の分野で研究されている現象です。

けれども、わたしがこの章を読みながら想起したのは、心理学ではなくスポーツ。

アメリカでプレーしているバスケットボールの渡邊雄太選手(1994年生まれ)が、以前、インタビューの折に「アメリカ人ファンから野球の大谷選手と間違えられた」と述べられていた件です。

渡邊選手とメジャーリーグ大谷翔平選手(1994年生まれ)のお顔立ちは、われわれ日本人でさえ「かなり似ているな」と感じるほど似ていらっしゃるので、アメリカ人たちが見紛(まが)ってしまったのは致しかたなく、このできごとに限ってはクロスレース効果が弱くしか働いていない、こう判断して良いのではないかと思いました。

金原俊輔