最近読んだマンガ28:『くらべて、けみして:校閲部の九重さん』、こいしゆうか 作画、新潮社、2023年

一冊の本に
大きく関わりながら
名を知られることもない
仕事が存在する

それが校閲(pp.3)

上掲書は引用した小序で始まります。

校閲とは何か?

言葉や表現
そのものの
正確さ
的確さを見分ける
ことである(pp.4)

作家たちの原稿に関与し、文字の間違いを訂正する、事実関係を確認する、不適切表現の有無を調べる、書かれている内容に矛盾がないかどうか吟味するなど、まさに書籍出版における「縁の下の力持ち(pp.4)」として、目立たないながら非常に重要な役割。

ひとつの領域を知り尽くし、領域を愛し、眼前の対象に没入……、一種の学者っぽさ、おたくっぽさ、が要求されます。

本書は、そのような仕事をしている人びとの日常を描いたマンガで、現代日本には「お仕事マンガ」と総称されるジャンルがあり、当該ジャンル内の作品でした。

大手出版社の校閲部文芸班に勤務する九重心(くじゅう・こころ)さん、35歳、が主人公。

九重さんは、自分の職業に誇りをもち、日々の業務を淡々とこなし、ベテラン先輩や後輩の新入社員に和して同ぜぬ接しかたをする、言うべき局面でははっきり言う、そんな社歴10年の女性です。

主人公の「こういう人がどこかにいるだろう」的な存在感、彼女が携わっている奥深い仕事への興味、わたしは飽かず本書を読み進みました。

勉強にもなる内容であり、たとえば30ページに書かれていた話題なのですが、「洒落た」の最初の漢字が「洒」であって「酒」ではないと、当方、生後68年間気づいていなかった……。

ほかでは、「訣らない(pp.23)」なる字は「わからない(pp.23)」と読むこと、そして「折口信夫がよくこの『訣らない』を使って(pp.27)」いたことも、今回初めて知りました。

作画者(1982年生まれ)に感謝です。

ところで、九重さんの大先達として実在人物の矢彦孝彦(1947年生まれ)元・新潮社校閲部部長が登場なさいました。

矢彦氏は「踏み込むような校閲(pp.63)」をおこなってきた「名物校閲者として(pp.56)」高名な、斯界の「レジェンド(pp.55)」なのだそうです。

評論家の江藤淳氏(1932~1999)も主に矢彦氏が担当された由で、じつは、わたしには江藤氏へ物申したかった件がありますので、この場を借りてコメントさせてください。

江藤氏の文章では「いうまでもなく」が極端に多用され、おおむね2~3ページに1度は顔をだしてくるのです。

彼の著作を読むつど、わたしはそうした筆癖に辟易(へきえき)しました。

以上の傾向を矢彦氏はどう受け止め、どう対応なさったのでしょう?

もしも対応なさったとして、江藤氏はいかに反応したか?

『くらべて、けみして』のページを繰りつつ、既述の困惑を思い出し、それがらみの好奇心が生じました。

金原俊輔