最近読んだ本691:『知性の罠:なぜインテリが愚行を犯すのか』、デビッド・ロブソン 著、日経ビジネス人文庫、2025年

「知性の罠」とは、特定の人々が「すばらしい知性ゆえに、とんでもなく愚か(P. 8)」な言動を示す状況を意味します。

上掲書は、知能指数(IQ)がどれほど高い人物であっても、社会にまったく影響をあたえることができない場合がめずらしくない、それどころか、あきれるような判断をくだしてしまう場合がある、非常な愚行をおかしてしまう場合もある、さらには、インテリたちが集まったあげく大した成果を出せない場合すらある、そんな内容の本でした。

書中、

○知能指数190以上という極度な力を有するにもかかわらず、パッとしない人生を過ごしている人たち

○ノーベル化学賞を受賞したのち、陰謀論や似非科学を信じこんでしまったキャリー・マリス博士

○知性と独創性に恵まれつつも、癌と診断されたとき、西洋医学ではなくスピリチュアル治療に走って命を失ったスティーブ・ジョブズ氏

○優秀な技術者たちをそろえていたのに、経営が傾いてしまったフィンランドのノキア社

……こうした実例が登場します。

なぜ優秀な頭脳の持ち主たちが上記のようになるのかというくわしい説明もなされました。

複数の説明のうちから、「心霊主義に傾倒(P. 68)」したコナン・ドイル(1859~1930、『シャーロック・ホームズ』シリーズの原作者)の項で述べられていた説明を紹介させていただくと、ドイルは「自らの見解を正当化し、エビデンスを否定するために(P. 84)」その優秀な頭脳を使ってしまった由です。

これが知性の罠のひとつ。

そして著者ロブソン氏は、

○「自らの知識の限界と、判断の不確実性(P. 150)」を自覚する「知的謙虚さ(P. 150)」で、「対立を解決する方法(P. 153)」を見出す

○「自ら視点を変える(P. 169)」という「自己の距離化(P. 168)」によって、愚行を避ける

○「自分の感情(P. 203)」に注意を向ける取り組みである「感情の自己認識(P. 203)」を通し、「激情によって行動が支配されないよう(P. 203)」計らう

……など、知性の罠の回避につながる、科学に基づいた助言をなさいました。

わたしが最も興味深く読んだのは、第8章「努力に勝る天才なし:賢明な思考力を育む方法」。

同章では記憶や学習法に関する諸研究が列挙されています。

たとえば、

バッデリーの研究は、記憶は「望ましい困難」によって促されることを示す、初期の成果と言える。望ましい困難とは、その時点では学習成果にマイナスに思えるが、実際には長期記憶を促す効果のある学習上のハードルを指す。(P. 310)

教育システムが避けようとしているわかりにくさの要素が、生徒に多少のフラストレーションを感じさせ、より深い思考や学びにつながっていることを示している。(P. 313)

つまり、悪戦苦闘しながら勉強するほうが、わかりやすい授業あるいはわかりやすい参考書で勉強するのに比べ、しっかり本人の頭に入る、ちゃんと記憶に残る、というわけです。

なるほど。

この章には(表題である知性の罠から話が少々脱線していますけれども)かなり有益な情報が含まれていると感じます。

いずれにせよ、心理学を専攻したわたしは、本書をひもとき「賢さは人の人生に限られた好影響しかおよぼさない。悪影響をおよぼす展開とて生じ得る」という、学問的に得心がいく主張に触れることができました。

金原俊輔