『命もいらず名もいらず 西郷隆盛』、北康利著、WAC BUNKO、2017年。

西郷隆盛(1828~1877)の生涯と彼がすごした幕末から明治にかけての世相とを叙述した歴史書です。

西郷といえば誰もが知る国士。

当時にあってすでに伝説であった。それは西郷という人物が、同時代人のみならずわが国の歴史において屹立(きつりつ)した至高の存在だからである。(pp.16)

これほどの大人物でした。

とうぜん多数の日本人が彼に関するなんらかの先入主を有するにいたっています。

さらに、わたしと同世代の男性たちの場合、司馬遼太郎(1923~1996)の諸作を通し西郷のことを学んでいるのではないでしょうか。

西郷隆盛についてくわしくなろうと意図してはいなくても、司馬の小説を読んでいるうちにいつしか種々の逸話に通暁し、彼の人となりを把握している、という意味です。

今回、北氏(1960年生まれ)の上掲書に接した結果、わたしは改めて自分における当該傾向を認識しました。

なにしろ『命もいらず~』に書かれていたエピソードのどれもが、司馬書で読んだことがあるものばかりだったのです。

西郷の人間像についても新発見はありませんでした。

これは北氏の力不足などではないでしょう。

とっくに司馬の筆が網羅してしまっているわけです。

西郷という人物の偉大さばかりではなく、司馬の作品がもつ情報量をも、再確認した読書となりました。

さて、司馬の『竜馬がゆく』などを読んでいたときに、わたしはなぜ「攘夷」をスローガンに倒幕を果たした新政権が、その直後「開国」に変わったのか、よく理解できていませんでした。

北書の中に、

薩摩藩内では出兵反対論がくすぶっている。彼らを抑えるため、西郷はあたかも尊王攘夷の戦いであるようなふりさえした。(中略)
鳥羽・伏見の戦いが終わった後で、「官軍は尊王開国で行きもす」という西郷の言葉を聞いて口をあんぐり開けた者も多かったが、「せごどんに騙(だま)された!」と騒ぎ立てる者はいなかった。
彼を疑うことなどあり得ず、自分が誤解していたのかもしれないと思わせるだけの男だったからである。(pp.237)

こうしたくだりがあって、十分な説明ではありませんでしたが、西郷の意思が関与していた可能性が窺えました。

攘夷を旗印にしなければ自藩の藩士たちをひとつにまとめることができず、まとまらなければ幕府を倒すことなどできないため、「開国は不可避」と得心しながらも尊王攘夷の合言葉を用いつづけた、そういう経緯だった模様です。

金原俊輔