『乱世を生き抜いた知恵:岸信介、甘粕正彦、田中角栄』、太田尚樹著、ベスト新書、2018年。

わたしはこれまで、甘粕正彦(1891~1945)に関する書籍として、

佐野眞一著『甘粕正彦 乱心の曠野』、新潮文庫(2010年)

小林英夫著『甘粕正彦と李香蘭:満映という舞台』、勉誠出版(2015年)

を読みました。

岸信介(1896~1987)については、

福田和也著『悪と徳と 岸信介と未完の日本』、扶桑社(2012年)

一冊だけです。

しかし、ほかの歴史書や政治家の評伝でたびたび岸が語られるため、彼の人となりを、ある程度イメージできます。

田中角栄(1918~1993)がらみの本は、まったく手にしたことがありません。

田中はわたしが高校生だったころに内閣総理大臣となったので、種々のエピソードをおぼえてはいます。

さて、わたしは今回、『乱世を生き抜いた知恵』のページを繰り、あらためて上記の顔ぶれと接しました。

『乱世を~』は、甘粕・岸・田中それぞれが生涯のあちこちでつながりをもちつつも、相互に影響を与えたり受けたりしたというよりは、独自に自分の人生を切り開いていった、そうしたさまを記したものです。

読了して最も興味を感じた人物は田中角栄でした。

長いあいだ田中を「金権政治の元凶」としか思っていなかったため、自分でも驚きです。

バイタリティを有し処世術に長けていた政治家。

浪花節調。

国の将来をしっかり展望していた模様です。

見直しました。

ふたつの話を引用します。

まず、田中が大蔵大臣に就任した際。

新大臣の就任挨拶といえば、大蔵省出身でもない畑違いから来た場合は「これから勉強しますから、よろしくご指導願います」くらいしか言わない。
しかし今度の新大臣は、
「わしが田中角栄だ」
と切り出してから、(中略)こう締めくくる。
「できることはやる。できないことはやらない。しかしすべての責任はこの田中角栄が負う。以上」
一同、これでざわつきだし、幹部たちは「この大臣のためなら、なんでもするぞ」という気になってしまった。(pp.55)

官僚を尊重する姿勢は現在の自由民主党にもうっすら引き継がれているのではないでしょうか。

諸野党のほうは、当節、官僚たちを敵にまわす言動や軽んじる言動ばかりを示し、「もう政権を取る気がないのかもしれない」と感じさせられます。

政権を取ったのちは省庁官僚との協働が不可欠ですから。

つづいて、人生訓。

「いやしくも政治家を志すなら、八百屋のおかみさんも、魚屋のオヤジさんも、ねんねこ半纏で孫を背負ったおばあさんでも、まずその人間を愛さなきゃダメだ。
人間は、やっぱり出来そこないだ。だからみんな失敗もする。その出来そこないの人間そのままを、愛せるかどうかなんだ」
と政治家の原点を繰り返し言っていた。(pp.186)

政治家ならずとも座右の銘とすべき言葉でしょう。

田中はこの含蓄ある自分の語の実践を心がけていました。

本書の登場者はいずれも骨太で風格があり、いまの日本が(とりわけ外交の場面で)大いに必要としている人間像ではないかと想像します。

再度彼らのようなリーダーが現れたとして、清濁合わせ呑まなくなっている現代社会を「生き抜い」てゆくのは、なかなかに困難かもしれませんが。

金原俊輔