最近読んだ本427

『大野伴睦回想録』、大野伴睦 著、中公文庫、2021年。

わたしは大野伴睦(おおの・ともちか、または、おおの・ばんぼく、1890~1964)という代議士の名前を聞いたことがありませんでした。

日本自由党所属中、国務大臣などの要職に就き、1955年(昭和30年)の自由民主党結党に尽力した人物なのだそうです。

彼を知らないのに上掲書を購入した理由は、書店で目次をめくった際、

原敬(1856~1921)

吉田茂(1878~1967)

鳩山一郎(1883~1959)

蒋介石(1887~1975)

錚々(そうそう)たる政治家名が記されており、「おもしろいのでは?」と予想したから。

わけても日本史逸聞を期待しました。

そして、この回想録、大野のさばさばした語り口が小気味よく、春風駘蕩たる雰囲気もただよっていて、楽しみつつ読書が進行しました。

とはいえ、わが期待はみごとに外れました。

議員同士が交わした密約、裏切り、日常における余談、の回想ばかりで、中身にまったく深さがともないません。

ご本人が国政にたずさわっていたころ、「二・二六事件」だの第2次世界大戦だのが勃発したにもかかわらず、書中、それらへの言及はほぼゼロでした。

肩がこるような話は回避され「北九州一帯の大親分(pp.189)」小林徳一郎がどれほど快男子であったか……、こんなエピソードのほうが多かったのです(たしかに小林は快男子だったみたいですが)。

大野には政界の重鎮らにしばしば見られる膨大な読書で自己育成を図ろうとした形跡も窺えませんでした。

政治家として、何か不足していたかたなのではないでしょうか。

不足していた何かとは何かを、ご自身が仄(ほの)めかされています。

私はしばしば知性のない浪花節政治家だといわれる。もちろん私は東大出身高文合格の官僚あがりではないから、こまかい行政技術や経済理論は得意ではない。(中略)
自分の政治家としての使命は、(中略)官僚政治家が往々にして持つ冷たさに対して、政治や行政に、大衆感覚を、人間的なあたたかさを注入することにあると考えている。つまり情愛の政治は、官僚政治家にはむずかしく、純粋な政党人でなければできないと考える。(pp.145)

ざっくり、官僚政治家は頭脳が優秀、政党政治家は人間通、と概括する場合、大野は典型的な後者だったのでしょう。

人間通といえば、彼は先輩の原敬それに鳩山一郎を敬慕し、原・鳩山没後もふたりを偲び、私淑の姿勢を堅持しました。

これは美しいと存じます。

また、戦時中のいわゆる「翼賛選挙」にて当人が落選した話題の項。

「最近読んだ本246」でも大政翼賛会の政治弾圧が詳述されていましたが、わたしは、往時「軍部の手先き(pp.77)」になる処世を良しとしなかった大野(および他の立候補者たち)の信念に、感銘を受けました。

金原俊輔

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