『安倍三代』、青木理著、朝日文庫、2019年。

大政翼賛会に反旗をひるがえしながらも衆議院議員となった安倍寛(あべ・かん、1894~1946)。

その長男で、自由民主党に所属した安倍晋太郎(1924~1991)。

寛の孫かつ晋太郎の次男、2019年現在における自由民主党総裁・内閣総理大臣である、安倍晋三(1954年生まれ)。

本書は上記三代にわたる政治家たちの人生・実績を展望した政治ノンフィクションでした。

著者(1966年生まれ)が立てたテーマは、表向きには、寛・晋太郎・晋三それぞれにたいする人物評です。

もうひとつ、背景にて扱われている裏テーマが、日本で顕著な「世襲議員」の是非でしょう。

濃密な内容でした。

まず、3名の評価について、まとめてみます。

安倍寛が圧倒的に魅力的で、人間としても代議士としても高い能力を有していた模様です。

地元では、

「ええ顔しちょって、人柄っちゅうか、威厳っちゅうか、そりゃあいまの政治家では絶対に追いつかれん。それくらい傑物じゃった。サムライじゃった」(pp.38)

反戦主義者、平和主義者、秀才でダンディで、村民の尊敬を一身に集めていた(後略)。(pp.50)

だったとのこと。

残念ながら、若くしてお亡くなりになりました。

1955年に生まれたわたしは彼を知らず、いっぽう安倍晋太郎のほうはおぼえています。

なんとなく「世間知らずの2世議員なのでは」と思いこんでいましたが、わたしの間違いであり、なかなかに骨太な男性だった由でした。

運動神経が抜群で勉学にも秀でていたと地元の古老たちが口を揃(そろ)えて賞賛する少年期の晋太郎だが、同時に竹竿(たけざお)を振り回しながら村内を駆け回る田舎の腕白小僧でもあったらしい。(pp.114)

順風満帆な政治家人生で、「プリンス」と呼ばれ、自民党幹事長の重職に就きました。

ところが、

病を発症し、総理総裁の座を目前にしながら届かなかった(後略)。(pp.165)

享年67歳でした。

そして安倍晋三氏。

ここで著者の書きぶりは寛および晋太郎のときに滲(にじ)ませていた温かさを一変させます。

エピソードらしいエピソードが、皆無に近いのである。(pp.217)

一度も受験を経験しないまま計16年を成蹊学園で過ごした晋三は、大半の者にとっては人生の重大岐路となる就職時にも荒波にさらされず、敷かれたレールの上に淡々と乗って社会人になった。そうして置かれた場所で見せたのも、残念ながら「凡庸だがみんなに好かれる『いい子』」の姿のみだった。(pp.269)

なぜこのような人物が為政者として政治の頂点に君臨し、戦後営々と積み重ねてきた「この国のかたち」を変えようとしているのか。これほど空疎で空虚な男が宰相となっている背後には、戦後70年を経たこの国の政治システムに大きな欠陥があるからではないのか。(pp.268)

ほかにも「薄っぺら(pp.217)」「おぼっちゃまの(pp.231)」「子犬(pp.274)」「質の低いカーボンコピー(pp.290)」、こうした辛らつな形容詞・名詞が用いられました。

読む側としては、もっと冷静に、偏らず(祖父・父親を語ったような語り口で)晋三氏のことを描写してほしかった、と感じました。

なお、わたしは安倍首相の外交を支持しています。

もうひとつのテーマ、議員世襲の問題について。

2014年には、

全衆院議員のほぼ4人に1人が世襲になった、というのである。これが自民党の当選者に限ると3人に1人が、直後に組閣された第3次安倍内閣になると、閣僚の実に半数が世襲議員によって占められることになった。(pp.4)

尋常でないといわざるを得ません。

下の引用は、著者自身のご発言ではありませんが、

「地盤があって看板とカバンがあれば、未熟なものでも政治家になっていく。だから政治はどんどん劣化する。明らかに世襲のなせるわざです」(pp.290)

このあたりが第2テーマへの本書の結論といえるでしょう。

私見を述べれば、わたしは政治に携わる人々の世襲に反対です。

立法や自治体の意思決定といった要務を家業と見なしていただきたくない……。

同時に、かつて祖父母・義父母・父母などに政治家がいた者の立候補に制約を設けることにも、反対いたします。

被選挙権に過度な縛りがあってはいけないと思いますので。

世襲的な候補者がおり、出馬して当選にいたった場合、義理だの情実だので彼もしくは彼女へ投票した有権者らのほうに自省すべき点がある、国や地方自治体の将来をしっかり考えていない、と批判いたします。

金原俊輔