最近読んだ本339

『老いてこそ生き甲斐』、石原慎太郎著、幻冬舎、2020年。

著者(1932年生まれ)は87歳を超えられたそうです。

わたしが物心ついたころは既に日本トップクラスの有名人であり、文学・政治・スポーツの世界で活躍し、ついでに種々の物議も醸(かも)されていました。

長身かつハンサム。

古い思い出なのですが、石原氏とほぼ同世代の叔母が、うっとりした表情を浮かべて彼へのあこがれを語った光景をおぼえています。

わたしは浪人時代そして大学時代に、氏の小説および随筆を読みました。

傾倒はしなかったいっぽう、「運や才能に恵まれた人だな」という羨望まじりの印象が残りました。

そんな彼も老境に達しました。

淡々と、すこし感傷的に、ご自身の現在の心境を認(したた)めたものが、本書です。

誰しもが死を恐れはする。しからばその恐れを拭いさるためには、ということが問題なのです。
さらには老いてこその、新しい生き甲斐を自ら作り出していくしかありはしません。要するに死を己の意思の及ばぬ未来としてではなく、意思の及ぶ「将来」として見据えて進むしかありはしないのです。(pp.30)

そのうえで、自己体験、健康法、歴史上の人物たちのエピソード、などを書き連ねられました。

たとえば、石原氏は脳梗塞に冒されつつ、発奮して小説執筆に取り組んだそうです。

やってみたら頭は冴(さ)えていたので、海での遭難と漂流を主題に『隔絶』というかなりいい短編を物しました。インターネットの読者の間では評判になり、自信というか生き甲斐を感じました。(pp.98)

うぬぼれがちなところは相変わらずみたいでした。

全体的に落ち着いており、しみじみ感が漂う、エッセイです。

ただし、

私がまだ60代の終わりの頃、何に駆(か)られてか『老いてこそ人生』などという本を書きました。(中略)
70にもならぬ男がたとえ物書きだとしても老いを含めて人生を語るというのは身の程を知らぬ僭越(せんえつ)としかいいようがありません。(pp.8)

たしかに、現在64歳のわたしが『老いてこそ生き甲斐』をとおして深甚な学びをしたかといえば、かならずしもそうでなく、書中あちこちに実感がわかない部分がありました。

落胆する必要はないでしょう。

当方とていつかはすべて理解できるようになると考えます。

最後のコメント。

わたしは以前、平賀源内(1728~1780)を主人公にしたマンガを読み、源内の死去に際して盟友の杉田玄白(1733~1817)が「源内さんがいたおかげで江戸の街はおもしろかったよ」的なセリフを述べ故人を悼む、そういう場面に出会いました。

たぶん、水木しげる作画だったと思いますが、もはやそのマンガはわたしの手元にありません。

石原氏には長生きをしていただきたいですけれども、万一の事態に至ってしまったとき、わたしを含めて多数の日本人は上記と似た感慨にふけるのではないでしょうか。

石原氏がいてくださったおかげで、わが国はおもしろくなりました……。

金原俊輔

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