最近読んだ本352

『反「近代」の思想:荻生徂徠と現代』、船橋晴雄著、中央公論新社、2020年。

わたしは荻生徂徠(おぎゅう・そらい、1666~1728)について、その名前だけしか知りませんでした。

名前に加え「江戸時代の学者」ぐらいまでは言えたでしょうが、いかなる学問を修めた人なのか、どのような実績をのこしたのかは、見当もつかなかった状態です。

そんなわたしが上掲書を繙(ひもと)いた理由は、自分でもうまく説明できません。

まあ「知らない世界に関する読書は日々のストレスを和らげるのに有効だろう」的な淡い期待があって……。

そしてページを繰りだすや、こちらの基礎知識がない事柄ばかり書かれており、辟易(へきえき)しました。

ところが、第5章「赤穂『義士』:徂徠と鳩巣」までたどりつくと、本書は一気におもしろくなります。

あの「赤穂浪士の討ち入り」が語られているのですから。

徂徠はリアルタイムで当該事件と係わりをもちました。

彼にしてみれば「『義士』を絶賛する『世論』に対しては強い違和感を感じていた(pp.81)」らしいです。

柳沢家の記録である『柳沢家秘蔵実記』には、吉保が家中の何人かの儒者に諮問したところ、徂徠は「忠孝を心掛」けている者に盗賊同然の処断をするような情のないことはしてはならない。従って切腹とすれば、彼らの宿意も立ち、いかばかりか世の中に対する示しにもなるでしょうと答えた所、吉保は殊の外御満悦であったと記されている。(pp.87)

思いだしました。

むかし「忠臣蔵」の小説を読んでいたとき、四十七士が討ち入りを果たした以降、浪士たちの行為は義挙であって罪をあたえるべきではない旨の論陣が張られ、対して、彼らは法を犯した輩(やから)であり義士ではない旨の論陣も張られて、専門家たちの意見が真っ二つに分かれた状況が描かれていました。

徂徠が後者だったわけです。

ようやく、わたしの頭のなかで荻生徂徠像が定まりました。

おのれの無知っぷりと情報整理の下手さを思い、自己嫌悪におちいります。

徂徠は江戸時代中期の儒学者。

仁斎と徂徠は(中略)江戸儒家中の大「豪傑」である。しかも二人とも儒教の原点(古義)に立ち戻って宋学=朱子学を乗り越えようとしたという点においては同志だったのである。(中略)
この両「豪傑」の営為は、今日の中国の思想史学界でも高く評価されている。いずれもそれまでの中国思想が持たなかった独自の考えを提示したからである。これに対して日本の大多数の朱子学者は一顧だにされていない。(pp.128)

斯界の泰斗だった模様です。

『反「近代」の思想』は、徂徠の学問および人となりを詳述した、学術性が高い大著でした。

それにつけても、わたしが感銘を受けたのは(徂徠にとどまらず)徂徠を研究した船橋氏(1946年生まれ)です。

東京大学法学部をご卒業後、かつての大蔵省に入省されたとのこと。

一橋大学客員教授でもいらしたみたいですが、年齢的に、もう現役を退かれています。

おそらく氏は、在職中から定年後の今にいたるまで孜々(しし)としてご勉強に励まれ、とうとう本書をまとめあげられるに至ったのではないでしょうか。

尊敬いたします。

参考にすべき生きかたです。

金原俊輔

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