『評論家入門:清貧でもいいから物書きになりたい人に』、小谷野敦著、平凡社新書、2004年。

 

評論を書くにあたり、書く側はどのような基礎的素養を有しておくべきかについて解説した本です。

語られている素養のハードルは高いものの、納得がゆく内容です。

 

なかでも、95ページに「精神分析というのは二十世紀最大のペテンで(中略)治療の役には立たなかった」という文章があって、わたしは共感しました。

 

精神分析とは、人の心に無意識があるとみなすカウンセリングの立場のことです。

「夢分析」や「自由連想法」で知られています。

オーストリアの神経科医シグムンド・フロイド(1856~1939)が創始しました。

 

精神分析は人気を得、長いあいだカウンセリングの主流のひとつでした。

社会科学・芸術にも影響をあたえました。

 

しかし、現在、欧米(とくにアメリカ)では否定されるようになっています。

小谷野氏(1962年生まれ)の批判、わたしの共感、は的外れではないわけです。

 

否定されだした理由は、精神分析が「自閉症の原因は不適切な子育てにある」と主張し罪のない親ごさんたちを苦しめたり、「人が思春期に乱れるのは当然である」とする教育をアメリカでおこない、逸脱者・犯罪者・自殺者を増加させてしまったり、「幼児期の体験は当人の一生を支配する」という想定を述べ、それを鵜呑みにした人々の生きかたに歪みを生じさせてしまったり、などの悪影響を社会におよぼしてきたからでしょう。

 

さらに、精神分析を土台にした各種心理テスト(例:ロールシャッハ・テスト)はその信ぴょう性が疑われ、証拠を重視する国々ではあまり用いられないようになっています。

 

ハンス・アイゼンク著『精神分析に別れを告げよう:フロイト帝国の衰退と没落』、批評社(1988年)あるいはロルフ・デーゲン著『フロイト先生のウソ』、文春文庫(2003年)などにくわしい説明があります。

 

ところで、『評論家入門』の著者は、比較文学という学問を専攻する学者です。

 

博覧強記そして論争を避けない人物で、このかたが書いた本にはあちこちに他者(一般的に「権威」とみなされている人々)を批判・挑発している箇所があり、おもしろいです。

『評論家入門』においてはそれがとりわけ濃厚です。

 

わたしは小谷野氏のほかに、呉智英氏、宮崎哲弥氏、福田和也氏、の批評も好み、書店で見つけたらかならず買うようにしています。

 

上記のかたたちも大物学者・有名評論家との対決を辞さない書き手です。

 

呉氏以外は皆わたしより若いのですが、圧倒的な量の知識を身につけています。

専門はちがっていても、同じく学問の世界にいる者として、わたしは浅学を反省し、劣等感をおぼえます。

 

 

金原俊輔