最近読んだ本498:『防衛事務次官 冷や汗日記:失敗だらけの役人人生』、黒江哲郎 著、朝日新書、2022年

黒江氏(1958年生まれ)は東京大学法学部をご卒業後、防衛庁(むかしは省でなく庁)に入庁され、2015年10月、職員トップの役職である事務次官に就任なさいました。

しかし、2017年7月、「南スーダンPKO陸上自衛隊日報非公表問題」の責任を取って退官。

退官にいたるまでの約37年間、さまざまなご体験をし、その体験を時系列的にまとめられたのが『防衛事務次官 冷や汗日記』です。

書中、失敗談や被叱責談を多く記しておられることから、同氏の飾らないお人柄が推測されました。

飾りがないご性格に加え、防衛省の省外関係者たちに細かく気をつかっていらっしゃる点も、読者の好感を誘います。

たとえば、

マスコミ業界のことを詳しく知っているわけではありませんが、優れたコラムニストの道を歩むような書き手の人たちは、特ダネではなくテーマに対する切り口や洞察の深さで勝負しています。このため、彼らに説明する際にはバックグラウンドを丁寧に説明することは当然として、切り口の角度を様々に変えながら話すように心がけていました。(pp.167)

ほかでは、

記者の人たちに素っ気ない対応をするのではなく、できるだけ丁寧なバックグラウンドブリーフィングを行うよう心がけるようになりました。(pp.171)

ご立派です。

つぎに、第3章の「『Dことば』はタブー(pp.148)」項。

有益な情報が含まれていると感じました。

黒江氏の「Dことば」とは、始まりが「D」の日本語で、

部会などの場で「だから」「ですから」を多用すると、質問者に対して「さっきから説明しているじゃないですか」「まだわかりませんか」と言っているのと同じだということなのです。(pp.150)

以上、2語。

さらに氏は、既出2語よりも「悪い印象を与える(pp.150)」Dことばとして「だったら」を提示なさいました。

「だったら、どうしろと言うのですか?(pp.150)」のような。

なるほど、説得力があります。

そして本書を読みすすむ途次、わたしが最も感心したのは、おなじく第3章に書かれていた「秘技『オウム返し』と『合いの手上手』(pp.152)」項でした。

ご自身が編みだした「相手に肯定感を与えて会話の雰囲気を好転させる(pp.152)」方法の「オウム返し」「合いの手」を紹介したのち、

これに似た手法はカウンセリングでも使われているそうです。カウンセラーが相談者の言葉を引用しながら会話すると、相談者は自らの話を肯定されたという印象を受け、安心して心を開いていくのだそうです。(中略)
経験上、この技は笑いを見せずにできるだけ真剣な顔で発動するとより大きな効果があります。(pp.152)

おっしゃるとおり、オウム返しおよび合いの手はカウンセリングで、なかんずくアメリカのカール・ロジャーズ(1902~1987)が提唱した「来談者中心療法」のカウンセリングで、重要視されています。

ただ、わたしが知るかぎり、当該療法に「笑いを見せず」「真剣な顔で」という注意事項はなかったと思われ、カウンセリング門外漢の著者が独力でこんな着想をなさった事実に敬意をおぼえたのです。

次官にまで登りつめた防衛省エリート官僚が上梓された書物であるため、国防や外交に関する話題が頻出してくるのは、読む前に有した個人的期待を裏切りませんでした。

歴代首相たちのちょっとしたエピソードを紹介してくださっていることも、一般人にはなかなか知る機会がない話ばかりでしたから、ありがたかったです。

金原俊輔