最近読んだ本616:『ワイルドサイドをほっつき歩け:ハマータウンのおっさんたち』、ブレイディみかこ 著、ちくま文庫、2023年
表題の「ワイルドサイド」とは普通「危ない道」「荒野」を意味しますが、この語を含んだタイトルの歌があるらしく、そちらにちなんでいるのではないかと思われ、副題内の「ハマータウン」は評価が高い学術書で使われた架空の地名を借用したものと考えられます。
上掲書は明るくサバサバした筆致ながら、どこか苦さを感じてしまう外国在住記。
ブレイディ氏(1965年生まれ)は福岡県のご出身、英国人と結婚され、いまは英国でお暮らしです。
ご夫婦仲はむつまじいみたいですし、周囲との交友も良好っぽいのに、どうしてわたしが苦さを感じたかというと、つい最近、
ジェームズ・ブラッドワース 著『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した:潜入・最低賃金労働の現場』、光文社未来ライブラリー(2022年)「最近読んだ本608」
を、読んだからでしょう。
両書とも英国労働者階級の人たちが主人公で、経済的に厳しい状況が描かれていたのです。
ブレイディ氏の作品のほうがまだしも救いを有するのですが、これは、もしかしたら氏が日本で数冊のベストセラーを出されたため、ご家計にゆとりが生じた結果なのかもしれません。
登場人物ひとりひとりが丁寧に描述され、英国庶民の人間模様集みたいな内容でした。
ご夫君の幼なじみレイにまつわるエピソードを引用すると、
アルコール依存症で入院中に前妻に逃げられたときも、レイは事態を冷静に受け止め、再び酒に逃げなかった。
「絶望、なんてロマンティックなことは、上の階級のやつらがすることよ」とレイはよく言う。そりゃ確かにそうだ。そんな抽象的なことでは腹はふくれない。(pp.136)
つぎは、アイルランド系のショーン。
英国で最後にクリスマスに雪が降ったのは7年前だった。
毎年ベッティング・ショップ(賭け屋)でホワイト・クリスマスに賭けているショーンは7年間も負け続けていることになる。ギャンブルは男の夢、とかおっさん臭いことを言って、今年もやっぱり雪が降るほうに賭けてしまったらしい。(pp.42)
著者が「嫌なやつ(pp.53)」と敬遠していたデヴィッド(亡くなられた由)。
東芝が英国での原発建設に投資するとわかったときにも、「EUなんていらない。日英同盟の復活です」と言って胸に手を当てじーんとしている様子だったので、どうしても戦争を始めたいんだなこの爺さんはと呆れたことがあった。(pp.56)
ブレイディ氏ご自身はわたしよりひとまわりお若いものの、配偶者や配偶者の友人諸氏は当方と同世代ですので、国はちがえど言動に親近感をおぼえます。
ときおり微笑を浮かべつつ『ワイルドサイド~』を読み終えました。
英国の話だけに、本書ではサッカーやラグビーもたびたび登場。
ところで、著者がお住まいのブライトンって、もしやサッカーの三笘薫選手が所属しているプロチーム「ブライトン」を抱える街なのではないでしょうか?
だとしたら、本書の続編が執筆される場合、三笘選手の活躍がふんだんに語られるはずです。
金原俊輔