最近読んだ本464
『日本全国津々うりゃうりゃ:仕事逃亡編』、宮田珠己 著、幻冬舎文庫、2021年。
随筆家でいらっしゃる宮田氏(1964年生まれ、男性)が国内あちこちをお訪ねになり、訪ねた際の見聞を一冊にまとめた、肩がこらない旅行譚です。
同伴なさったのは「編集者のテレメンテイコ女史(pp.11)」。
『日本全国津々うりゃうりゃ』は長くつづいているWeb連載のエッセイが基(もと)で、宮田氏は以前説明した事柄を再度説明しない方針なのでしょう、書中、テレメンテイコという不可思議なニックネームの由来は語られませんでした。
さて、おふたり。
おもに「B級スポット(pp.200)」へと向かわれます。
そのせいか、読みながら「ぜひ自分も行ってみたい」と思う土地はあまり出てきません。
ただし「宮崎」章の高千穂峡は良さそうでした(A級スポットだし)。
もうひとつ、「高知・徳島」章で紹介された沢田マンションが無闇に魅力的です。
これは、
知る人ぞ知る5階建ての手造りマンションで、(中略)場当たり的に造っていったせいで全体が迷宮化してわけわからなくなっている建物(後略)。(pp.216)
なかに入ってみれば、
階段を上ると、折り返してさらに上への階段があるなんてことはほとんどなくて、次なる階段は少しズレた位置にあったり、階段なんてなかったり、階段じゃなくて坂だったり、通路がメッシュになっていて下が見えたり、どう見ても完璧な鬼ごっこ仕様とでもいうべき構造。(pp.219)
微妙にうねうねしているところが素晴らしい。このうねうねによって、マンションが生きもののような官能的な雰囲気を帯びるのだ。(中略)
日本の九龍城というだけあって、何が出てくるかわからない迷宮っぷりにどきどきした。(pp.227)
沢田マンションではありませんが、
水木しげる作画『東西奇ッ怪紳士録』、小学館文庫(2002年)
にて、同系統の家屋が紹介されていました。
ところで、宮田氏の文章には巧みなユーモアが漂い、そのうえ、人間の一面をひょいと摘出するような含蓄に富む表現も点在します。
氏がオホーツク海の流氷に乗るツアーに参加され、ご本人にとっては不本意な寄り道を終えたのち、いよいよ氷上に立つとき、
ここは、
「さあ、今……、宮田選手、流氷の上に……ついにその第一歩を……踏み出そうとしています!」
とか、口には出さず実況中継したい。なぜ選手になっているのかとか、何の大会なのかとか、そもそもどこで放送しているのかとか、いろいろ謎はあるが、重要な場面ではとりあえず実況中継である。男子はみな、心の実況中継とともに生きているものだ。(pp.38)
たしかに……。
引用の件、わが考えを述べましょう。
われわれ「男子」が子ども時代から愛読してきた各種スポーツ漫画のなかで、中学校や高校のふつうの対外試合のシーンにすらなぜか実況中継アナウンサーが登場し、読者たちにはそれがつい当たり前となって、その結果、自分で「心の実況中継」をやってしまう癖が身につく場合がある、と仮定できるのでは……?
それはそうと、氏の文章はユーモラス、わたしはこう評しました。
読んでいておもしろかったです。
おもしろかったものの、本書のいたるところで笑わせんとする描写が連発されたため、読む側としては幾分疲れを感じました。
金原俊輔