最近読んだ本503:『石原慎太郎伝』、大下英治 著、MdN新書、2022年

石原慎太郎(1932~2022)の89年におよぶ足跡を眺望した評伝。

当人没後わずかひと月で出版された作品ですから、たぶん大下氏(1944年生まれ)があちこちに載せていた過去の論考・記事を急遽まとめたものと思われます。

時系列を整えた展開ではなく、また、私生活や文学より政治のほうに話題が割かれ、さらに、実弟だった石原裕次郎(1934~1987)への言及も長すぎました。

とはいえ、主人公自身が非凡な存在であり、桁外(けたはず)れの人生を送ったため、本書は読ませる力をもっています。

さて、石原慎太郎なる人物を手短に描写するとしたら、

敏感かつ、わがままだとも言える。そのうえ、傍若無人でもあった。しかし(中略)殿様タイプではない。石原は、船会社の重役の息子だが、父親を早くから亡くし、若い時から、自分の能力で生きてきた。いわば「『知』の叩き上げ」だ。
あまりにも若いうちから華々しくスターになったので、傍若無人は、その名残りでもあろう。しかし、物凄いのは、以後一度もスターの座から生涯落ちたことはない。(pp.213)

上記文章が適しているでしょう。

石原の日常に関しては、書評「最近読んだ本339」であつかったことがありますので、今回のコラムでは政治家としての側面に焦点を絞ります。

わが少年期、彼は押しも押されもせぬ「スター」で、1968年の参議院議員選挙(全国区)では史上最多得票数にてトップ当選を果たしました。

失言癖があったにもかかわらず人気の高さは一貫しており、わたしは「やがて政界の頂点に立つかもしれない」漠然とこう思っていました。

他の多くの国民も同様だったはず。

しかるに、本人は1995年、衆議院議員を辞職しました。

そのとき運輸大臣を務めていた平沼赳夫氏(1939年生まれ)は、

「石原さんは、日本の主張すべきところは主張する、という価値観をもっている。外国人コンプレックスもない。アメリカの両院議会にも、友人、知己がたくさんいる。政治家をつづけていれば、必ず総理大臣になれるのになあ……」(pp.171)

こんな感想を漏らしたそうです。

では、石原が間違いなく総理大臣になれたかというと、たぶん無理だったでしょう。

なぜか?

往年の内閣総理大臣・中曽根康弘(1918~2019)が「石原慎太郎論(pp.286)」で事情を端的に説明しています。

「都民の直接選挙によって東京都知事に選ばれた。永田町のような、派閥の力学から離れたところでリーダーになることに向いている。まさしく、首相公選型のリーダーである」(pp.286)

総理大臣は国民が直接選出するわけではないからです。

「首相公選」ならば圧勝したでしょうに。

建設大臣だった亀井静香氏(1936年生まれ)は、盟友の石原が他界したのち、故人を偲びつつ、

「石原がもし総理になっていたら、習近平やバイデンとも堂々と渡りあえるような総理大臣になっていたかもしれない」(pp.396)

と述べました。

わたしも同意します。

ただ、まんいちアメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領時代に日本の総理大臣が石原慎太郎であった場合、石原のみならずトランプとて「右派イデオローグの旗手(pp.4)」、いずれ劣らぬ「NOといえる(pp.185)」政治家でしたので、両者の交流の結果どれほど珍妙な化学反応が起きてしまったやら、想像するだけで眩暈(めまい)がしてきます……。

以下、まったく別件です。

石原の名誉のために言うが(中略)シャイな性分なのと、単に面倒くさいのだ。AB型の特徴だ。高橋もAB型だから、よくわかるのだ。(pp.168)

臨床心理学者として発言させていただきますが、現時点の各種データによれば、人の性格とABO式血液型に何ら関係はありません。

金原俊輔