最近読んだ本572:『メガトン級「大失敗」の世界史』、トム・フィリップス 著、河出文庫、2023年
著者のフィリップス氏はケンブリッジ大学にて人類学や歴史学を学ばれた英国人で、2023年現在は編集者として、また作家として、ご活躍中の由です。
上掲書は、過去、深刻な間違いあるいは失笑ものの不始末をしでかした人々を小気味よく語った群像集。
世界各地のできごとを微に入り細をうがちご存じである著者の博識ぶりを敬い、散りばめられたユーモラスな文章に興じつつ、わたしは短時日で読み終えました。
ただし、読者の顔をほころばすエピソードばかりではなく、非常に重たい話題も含まれています。
著者が人類の「大失敗」と断言なさる「植民地政策(pp.181)」が一例。
植民地支配は悪かった。実に悪いことだった。(pp.190)
至当なご述懐です。
さらに書き進められ、
植民地政策をめぐる対話は二人の人間がこう怒鳴り合う状況になりがちだ。「だけど、鉄道を敷いたじゃないか!」と「そうだな。だがアムリットサルでの虐殺もあった!」(中略)声を大にして言わせていただく。鉄道の敷設はけっして虐殺行為と人道的に互角に張り合えるものではない。(pp.193)
この引用文、いまだ日本とアジアの国々のあいだで生じる感情の衝突を彷彿させ、とくに「だけど、鉄道を~」的なセリフは、わが国の嫌韓本とかネトウヨ系ブログとかでしょっちゅう目にします。
インフラ、経済、教育、などの事歴をいくら提示しようが、日本が諸外国を植民地化した罪が軽くなるわけではない、改めてこう痛感させられました。
ところで本書をとおし、わたしは大きい失敗をする側に顕著な、複数の属性に気づきました。
それらは、(1)独裁者、(2)白人、(3)男性、(4)金の亡者、(5)科学者、であることです。
なかんずく(1)(2)(3)の連中が傍(はた)迷惑な失態を演じがち、世界を混乱に陥れがちであり、振り返ってみると即座に歴史上の人名があまた浮かんできます。
著者は独裁者・白人・男性の自覚や猛省を促すために『メガトン級~』を執筆されたのかもしれません。
ここで、属性に関連する書内の顔ぶれを紹介しておきましょう。
第4章「統治に向いていなかった専制君主たち(pp.97)」で登場したトルクメニスタン大統領サパルムラト・ニヤゾフが(1)(2)(3)を、第9章「テクノロジーは人類を救うのか(pp.259)」の米国人トマス・ミジリーは(2)(3)(4)(5)を、それぞれ満たしました。
本書すべての登場人物が一騎当千のひどさながら、トマス・ミジリーは最低、最悪……。
なお、わたしは既述のように「著者は独裁者・白人・男性の自覚や猛省を促すため~」と推測しました。
推測の裏付けとなるかもしれない写真が「おわりに:将来の失敗」に載っています(322ページ。おもしろいオチでした)。
以下、閑語です。
問題はクリストファー・コロンブスが測定単位をはなはだしく混同していて、計算を完全に間違えていたことだった。(中略)追い風に乗れば、そのうち今の実際の位置から東へ数千キロのところに日本を発見できると思い込んでいた。(pp.183)
コロンブスの航海が黄金の国ジパングを目指していたのは周知の史実ですけれども、ジパングなる言葉が日本を意味するか否かの件はまだ学術論議が落着していない状況。
著者は日本説でいらっしゃるみたいです。
ジパングは日本だったと仮定し話をつづけさせていただくと、コロンブスおよびその一行がアメリカ大陸到着後、先住民のかたがたにおこなった目をそむけたくなる虐殺行為を思えば、彼らが本邦へ来なかったことは15世紀末の日本人にとって幸いでした。
当時のこちらは戦国時代の初めごろでしたので、コロンブスたちが来ても血気盛んな武士団が蹴散らしてくれた可能性はありますが……。
金原俊輔