最近読んだ本622:『暗い時代の人々』、森まゆみ 著、朝日文庫、2023年
満州事変(昭和6年)勃発から太平洋戦争終結(昭和20年)にいたるまでの、あの「暗い時代」(後略)。(pp.3)
『暗い時代の人々』はそんな時代に生きた文化人や政治家たち計9名の事績をつづった評伝です。
9人の人々が点(とも)した「ちらちらとゆれる、かすかな光」である。(pp.6)
上のふたつの引用は本書「まえがき」に記述されていたのですが、全ページを読み終えたあとでこのまえがきを再読してみると、重苦しい時代背景のもと信念を貫きとおし完了にいたった九つの人生が脳裏に蘇ってきて、じーんとしました。
まず、冒頭であつかわれた斎藤隆夫(1870~1949)。
「帝国議会において粛軍演説をした勇気ある政治家(pp.17)」です。
彼は弁護士で、兵庫県の但馬から立候補して衆議院議員となったものの、ときの政府に煙たがられた結果、「衆議院議員を除名され、議席を(pp.54)」失いました。
しかし、
昭和16年12月8日、ついに日本はアメリカに対し、真珠湾の奇襲によって戦端を開いた。斎藤はもう一度選挙に非翼賛候補者として出直し、議席を回復した。(中略)
斎藤を毎回国会に送った但馬の人々もえらいものである。(pp.54)
わたしは、東條英機内閣が1942年(昭和17年)に実施したいわゆる「翼賛選挙」で非翼賛候補者たちがどれほど辛苦をなめたかに関して、他の本を読み、うっすら知っていました。
斎藤はみごと妨害を乗り越えたわけですし、斎藤に投票した「但馬の人々もえらい」。
彼の不屈の生きかたは立派としか言いようがなく、わが国の政界がそんな政治家を有していたと学んだだけでも本書をひもといた甲斐があります。
つぎに、第2章で語られた山川菊栄(1890~1980)の「地味ではあるが、ぶれのない、透徹した一生(pp.88)」にも心を揺さぶられました。
山川は「女性の権利擁護の運動に尽力した(pp.58)」人物です。
わたしは彼女の「若い時の美しい写真(pp.59)」を見、美しさというより、凛とした気品に魅了されました。
さて、個々の話題にはもうこれ以上触れず、著者でいらっしゃる森氏(1954年生まれ)について思ったことを書きます。
氏は第8章で、裕福な実業家だった西村伊作(1884~1963)を紹介してくださり、同章の終盤、西村の自伝を参照しながら、
妻へは「教育する」「命じる」などの言い方が多い。結婚後、世界漫遊の旅に一人で出たり、子供を置いてシンガポールに行ったり、自分勝手な行動をし、妻の人格や人権は無視されているようにも感じる。(pp.292)
理にかなったご指摘をなさいました。
森氏の、伝記の対象者を偶像視しないで、ご自分が疑問に感じる点はきちんと疑問として述べるご姿勢に、真っ当なお人柄がほのめいていると感じます(ただし、わたしでしたら引用文中の「ようにも感じる」は削除するでしょう)。
いっぽう、古在由重(1901~1990、哲学者)の章にて、古在の盟友・戸坂潤(1900~1945)を登場させた項で、氏は、
戸坂が獄中でその命を落としたのは、太平洋戦争終結のたった6日前の8月9日だった。(pp.256)
こうお書きになりました。
1945年(昭和20年)8月9日が太平洋戦争で日本が敗北する「6日前」だったのは間違いありません。
同時に、その日は長崎市に原子爆弾が投下された日でもありますから、左記の史実に言及してほしかったです。
金原俊輔