『対論「炎上」日本のメカニズム』、佐藤健志、藤井聡共著、文春新書、2017年。

佐藤氏は1966年生まれで、東京大学を卒業され、いまは評論家をなさっています。

いっぽうの藤井氏は1968年生まれ、京都大学および同大学院で学ばれたのち、現在、京都大学教授です。

本書は、学識豊かなおふたりがインターネット内における「炎上」現象に関して社会心理学の観点から検討し、考えを交換し合ったものでした。

対論では「カタルシス」やら「アージ理論」やら「トラウマ」果ては「ナラティブ・セラピー」まで(わたしの意見をいうと「玉石混交」的に)心理学の術語が登場してきます。

そのなかで、両者ともに、アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガー(1919~1989)が提唱した「認知的不協和理論」を重視されていました。

「知性のめまい」は、社会心理学の用語で言えば、「認知的不協和」(自分の現実認識を否定するか、そうでなくとも明らかに都合が悪い事実に直面させられること)への対処法の一種と見なしえよう。この場合、現実認識を修正するか、都合の悪い事実を何らかの形で打ち消そうとすることで、不協和の解消が試みられることが多い。(pp.93)

これにはわたしも納得させられます。

さて、炎上を理解するにあたっては、認知的不協和理論ばかりではなく、他の社会心理学の理論・研究も参考になると思われます。

たとえば、わたしはむかしG・W・オルポート、L・ポストマン共著『デマの心理學』、岩波現代叢書(1952年)を通しデマについて勉強したことがあり、その際、

デマの强さに關する公式は次のように書かれるであろう。
R~i×a
この公式の意味を言葉でいうと、デマの流布量は當事者に對する問題の重要さと、その論題についての證據のあいまいさとの積に比例するということである。重要さとあいまいさとは加え合わせるのではなく、かけ合せたものである。というのは、重要さか、あいまいさか、どちらか一方が零ならば、デマにはならないからである。(pp.42)

という文章に遭遇しました。

アルファベット表記は社会心理学における古典的な公式で、「R」はデマ、「i」は重要さ、「a」はあいまいさを、それぞれあらわしています。

つまりデマは、デマを語る個々人にとって問題がどれほど重要であるのか、問題の内容がいかに不明瞭であるのか、以上ふたつの要因に大きく左右され、問題が重要であればあるほど、内容があいまいであればあるほど、拡散する、という意味です。

この式を基準に、炎上をあつかう公式を作るとしたら、

F~i×d×a

みたいになるかもしれません。

「F」は炎上、「i」は重要さ、「d」はスマホやパソコンが普及している度合い、「a」はSNSなどに書き込む人の匿名性が守られる度合い、です。

スマホ類がそうとう普及した状況下、問題が重要であり、そして何を書いても書き込んだ人物が誰であるか特定されないときに、炎上は起こりやすくなる、炎上が激しくなる、というものです。

『対論「炎上」日本のメカニズム』の書評からずいぶん離れてしまいました。

佐藤氏・藤井氏の会話が刺激的だったため、わたしはひさしぶりに古い専門書を引っ張りだしてきて、上記のようなことを考えたのです。

金原俊輔