『紋切型社会』、武田砂鉄著、新潮文庫、2019年。

まずは以下の文章。

人間の心理状態をテレビ番組の存在にスライドさせる代表例、というかほぼ唯一の例に「サザエさん症候群」がある。日曜の夜を迎えると翌日からの仕事が気になり出し、気分が憂鬱(ゆううつ)になるという。(中略)
「サザエさん症候群」とは、内容とは関係なく、そろそろ餌(えさ)の時間かな、とよだれを垂らしてしまう「パブロフの犬」のサラリーマン版にすぎない。(pp.104)

著者(1982年生まれ)は「条件反射(レスポンデント条件づけ)」のたとえをお書きになっています。

これまで無数の著述家たちが文章内に条件反射という語を記してきており、しかし、わたしが見るところ、その多くが意味を間違えていて、たんなる「無条件反射」を条件反射と呼んでいました。

そんななか、武田氏は上掲書で同語を正しく用いられています。

パブロフの流れを汲む学派「行動主義心理学」に身を置くひとりとして、嬉しく受けとめました。

さて『紋切型社会』は、現代日本に流布しているありきたりな表現を俎上に載せ、当該表現の分析ばかりではなく、背景に横たわっている社会の事情をも考察した評論です。

あつかわれた言葉・フレーズは、

「育ててくれてありがとう」
「全米が泣いた」
「会うといい人だよ」
「カントによれば」
「逆にこちらが励まされました」

など、全部で21種類でした。

それぞれの文言の不毛さや無意味さや無責任ぶりが指摘されています。

読む人々の蒙を啓(ひら)く本であり、わたし自身は第13章「うちの会社としては」の論考をとくに心憎く思いました。

いっぽう、まとまりが悪いとも感じてしまう作品です。

第12章「カントによれば:引用の印鑑的信頼」を例にとりましょう。

話は「STAP細胞」事件の検討からスタート。

つづいて、元・大阪府知事の橋下徹氏による「文楽はつまらない」発言への批判、返す刀で日本の原発行政も叱責し、さらにはEXILEの世界観を紹介、そのあと倉敷市で起こった児童監禁事件に言及したうえで、5ページ目にいたり、ようやくイマヌエル・カントが登場しました。

著者は詳密な社会観をおもちですので、もうすこしスッキリした構成に変えて、読者が飲み込みやすい展開になさるべきだったのではないでしょうか。

かるい不満を述べました。

もう一点、わたしは、どれほど陳腐になってしまった言辞であれ、最初にその言葉をつかった人は言語の感性が良いというか、コピーライター的な才能が豊かだったのでは、と想像します。

書中、上述の件の評価もなさるほうが望ましかった、と考えました。

金原俊輔