『平成批評:日本人はなぜ目覚めなかったのか』、福田和也著、角川新書、2019年。

福田氏(1960年生まれ)は、どの著作においても圧倒的な教養と忌憚のない意見を表出されるかたで、わたしが尊敬する評論家のおひとりです。

最近ご出版数が少なくなったため、「どうしたのだろう、お身体の調子が悪いのか?」と心配していました。

ひさしぶりに上掲書が目につき、安堵しました。

さて『平成批評』は、

「平成」という時代をとらえようとしたとき、重要なファクターとなるのが、「近代」「国家」「天皇」「政治」「教育」「文学」「世相」でした。(pp.3)

こうした問題意識のもと、各ファクターに沿いながら考察を進めた本です。

要諦は「新しい時代における日本の目覚めと奮起(pp.207)」でしょう。

ずっしりした読みごたえを感じました。

たとえば、第1章「平成の始まりに問われていたこと」では、

戦争を経験した人たちが「二度と戦争はしたくない」と主張するのを制止することはできません。けれど、自分の国が攻撃されたときに自分たちの力で国を守れなくて、どうするのか。「私たちは平和憲法を遵守(じゅんしゅ)しているので、戦争はできません」と言ったら、戦争は回避できるのか。そうした基本的な問いと向き合うことなく、「戦争」にただ拒否反応を示すのは問題というよりも異常としか言いようがありません。(pp.23)

断固たる主張をなさいました。

わたし自身、著者に近い考えを有しています。

ウクライナのクリミア半島がロシアに併合されたことや、チベットあるいはウィグルが中国の圧迫に対抗できない現実は、ご主張を裏付ける好例ではないでしょうか。

福田説に賛同するにせよ、しないにせよ、いずれにしても読者が社会について深く考える機会を提供してくれる、濃密な内容でした。

わたしは「この種の論考に定期的に接して日本の過去・現在・将来をしっかり見据えなければならない」と、しみじみ思いました。

硬い話題が連続する本書でしたが、やわらかめの話も含まれています。

福田氏は平成時代の東京を振り返りつつ、

書店の話ばかりになってしまいました。本は私の生活の中で、プライオリティ最上位に位置していますので、街を見るときには書店が重要なファクターとなるのです。(pp.117)

ご自身の習癖をお書きになりました。

読書量は氏に遠くおよばないものの、わたしにも似た傾きがあります。

休日は(例外なく)長崎市内の本屋さんめぐりに興じていますし、東京出張の際は大きな書店が複数ある池袋のビジネス・ホテルに投宿するようになり、大型書店が姿を消してしまった街は選ばなくなりました。

金原俊輔