最近読んだ本620:『高学歴難民』、阿部恭子 著、講談社現代新書、2023年

大学院で博士号を取得しても就職先が見つからず、あるいは、学位を得たとはいえ目指していた資格が取れず、そのせいで不本意な毎日を過ごす人々に関するノンフィクションです。

著者は、大学院修了から月日が経って「賞味期限が切れていて買い手がつかない?(pp.3)」男女を対象に、取材なさいました。

身につまされる話が続出します。

まず、菊地明日香さん(仮名、40代)は、言語学の博士論文執筆のかたわら「初心者向けの英会話教室(pp.56)」を始め、教室の評判は地域において徐々に高まってゆきました。

ところが、夫の邪魔が入り、事業を拡大することに失敗。

菊地さんは離婚を前提に家を出た由ですが、

英会話教室と大学の非常勤講師の報酬を合わせて月10万円程度の収入です。(中略)
貯金もいずれ底をつくし、アルバイトを増やさなければなりません。(中略)
今さらスーパーやファーストフード店で働くというわけにはいかなかったのです。(pp.59)

彼女が選んだアルバイトは、なんと……。

つづいて、博士論文を仕上げることができなかった栗山悟さん(仮名、40代)は、大学院を中退しました。

文芸評論家としての活躍を夢見ていたものの、芽が出ないまま学習塾でアルバイトを開始。

しかし、学習塾の仕事は長続きせず、図書館でのパートタイム勤務に移ります。

彼には図書館もきつかったらしく、退職、今度は大型書店のアルバイト店員となり、かけもちバイトに挑み弁護士事務所でも働きだしました。

同じ時期「貧困問題に取り組む団体の活動(pp.73)」に関与したのは問題なかったのですが、団体にある女性が所属していて、

女性には著書もあり、一部の人の間では有名な人だという話でした。ところが、彼女の書いたものをざっと読んだのですが、正直、感情論だけで、あまりに勉強不足な内容に驚きました。(pp.73)

善意で彼女にちょっとしたひとことを言った結果「物凄い形相で無視をされ(pp.73)」、不快な関係が持続する事態を招いてしまいました。

最後の例は、旧帝大を卒業後、法科大学院で学んだ上田信彦さん(仮名、30代)。

司法試験を突破できないなか、学費の借金返済をしなければならないため法律事務所の事務員になりました。

ほどなく当該事務所へ大学時代の後輩が(司法試験に合格し)司法研修生として入所。

「上田先輩!」
後輩がそう言って駆け寄ってきたので、とりあえず、
「○○久しぶり」
と呼び捨てで返すと、(後略)。(pp.107)

このやりとりにベテラン事務員から屈辱的な提案を含んだ叱責を受け、「なんだか後輩はもう、別世界の人間だ(pp.107)」と感じさせられたそうです。

そして彼は……。

以上、『高学歴難民』を読み、高学歴・高学位のみなさんが経験している苦い日常を知ることができました。

本書は「こうした件に国や大学院はどう対応すれば良いのか」という指針を述べていません。

そこで、わたしが着想した対応策を書かせていただきます。

(1)大学院入試を極度に難しくし、研究者・臨床家・実務家として伸びそうにない人は最初から受け入れない

(2)夜間課程やオンライン講義の大学院を増やして、院に入学する際に新入生たちが現在の職場を辞めなくて済むようにする

(3)博士課程をかならず3年で修了できるように改編、それにより修了者の年齢を少しでも「賞味期限」切れに近づかせないよう配慮する

思いついたのは、上記3つ。

抜本的な解決につながらないことは承知しています。

金原俊輔