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『経営者:日本経済生き残りをかけた闘い』、永野健二 著、新潮文庫、2021年。
永野健二氏(1949年生まれ)は、明治時代から大正時代にかけて活躍した実業家・渋沢栄一(1840~1931)を敬慕していらっしゃり、
日本資本主義の発展史は、本邦の銀行制度や株式会社制度をつくり、さらには500社にのぼる株式会社の創設に関わった「日本資本主義の父」渋沢栄一を抜きに語ることはできない。(pp.12)
彼が志向したのは、欧米流の利益第一の資本主義ではなく、「公益」を第一に考え、公益の追求が利益を生みだす資本主義だった。(pp.13)
と、彼を称揚する言葉をお書きになっています。
こうした渋沢への思いを基底に、上掲書では全18名の日本人経営者が論評されました。
すでに物故した経営者、および、いま(2021年)現役の経営者、たちです。
18名に関係する財界人や文化人のかたがたについても筆が運ばれ、そのなかには、作家・三島由紀夫(1925~1970)まで……。
さて、18名のうち、いちばん渋沢っぽさを有する器量人はだれか?
著者は「ヤマト運輸」の小倉昌男(1924~2005)に指を屈しました。
いくつか文章を引用しましょう。
まず、小倉のビジネス能力は、いうまでもなく卓越しており、
ソニーのウォークマンは、音楽を屋外で聴くという革命だった。またマクドナルドの進出は、外を歩きながら物を食べるという革命だった。最近ではスマートフォンがあらゆる場所でコミュニケーションをするという革命を起こした。
ヤマト運輸の宅急便はそれを上回る革命かもしれない。サービスや趣味を人の移動と切り離した。(中略)
宅急便は間違いなく、小倉昌男の発明であり発見である。(pp.158)
つぎに、彼の哲学を見てみると、
小倉は、経営者や株式市場の関係者の間に広まりつつある「収益のためには雇用を犠牲にしても……」といったムードには断固反対する。企業が社会のためにあり、その社会が人間のためにあるのに、企業の「利益」と「雇用」が相反する関係にあるはずはない。(pp.157)
まさしく渋沢に似た開拓精神と発想です。
そして具体的なエピソード。
小倉が率いるヤマト運輸は、1979年に、名門デパート「三越(岡田茂社長)」との取り引きを破棄したのですが、
小倉が許せなかったのは、岡田茂のなかに潜む品性の卑(いや)しさだった。(pp.150)
気品を備え、断行性をも所持されていた模様です。
ふたつめのエピソードにすすみます。
1998年、小倉は「福祉事業でパン屋を始め(pp.148)」ました。
「障害を持つからといって、特別扱いはしない」「彼ら・彼女らに月10万円の給料を支払いたい」。(pp.148)
パン屋さんの商号は「スワンベーカリー」。
スワンベーカリーは身体障害を持つ者が働くベーカリーとして、今現在も小倉の遺志を継いで残っている。(pp.156)
読んでいて心が温まりました。
小倉における福祉の重視はけっして付け焼き刃ではありません。
彼は「無私の精神(pp.146)」をもち、だからでしょう、「破格の寄付をしてヤマト福祉財団の運営に充(あ)てた(pp.148)」そうです。
私財の多くを福祉事業に寄付しながら、講演や原稿をお願いすれば、講演料や原稿料を気持ちよく受け取った。「柳橋(やなぎばし)に時々行くには、それなりに小遣いを稼がなければね」と笑って言った。(pp.162)
こんな洒脱な一面すら。
正真正銘、人生の達人でした。
小倉昌男こそ、渋沢資本主義を最も体現した経営者の一人である。(pp.160)
著者の結論に賛同します。
本書『経営者』に接したことで、渋沢栄一の衣鉢を継いだ小倉昌男なる存在を知ったのは、わたしにとって僥倖でした。
金原俊輔