最近読んだ本628:『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』、角田光代、河野丈洋 共著、新潮文庫、2023年

ご夫婦でいらっしゃる角田光代氏(1967年生まれ)と河野丈洋氏(1978年生まれ)。

角田氏は作家、河野氏はミュージシャンです。

上掲書は、おふたりで、あるいは親しいご友人たちと一緒に、あちこちの飲食店に行って料理やお酒を堪能した体験を交互に綴(つづ)ったエッセイ集でした。

夫の河野氏は、こう記されています。

「作家・角田光代」のエッセイと素人(しろうと)の文が並置されることになるわけで、そのことに気後れもした。(pp.281)

カバー裏「著者紹介」欄にあった角田氏の数々の文学賞受賞歴を見れば、彼女のお力は圧倒的、ゆえに河野氏が臆されるのはごもっともという納得にいたりますが、じつは、文筆業についていない人と競う形式でエッセイを書く状況に、プロである角田氏のほうがプレッシャーを感じられたのではないでしょうか?

そして『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』を読むと、角田氏が横綱相撲を展開なさるいっぽう、河野氏の文章とて遜色はなく、きっと多才なかたなのだろうと思いました。

さて、本書に登場するお店の大半は、東京のJR中央線沿いにあります。

西荻窪北口にある居酒屋、『やきとり 戎』にはじめて入ったのはこの町に引っ越してきた20代半ばのときだ。(角田、pp.14)

わたしはちょうど角田氏が「20代半ば」だったころ中央線・西荻窪駅を利用していたので、「もしや知っているところかも」と一瞬ワクワクしました。

しかし、残念ながら、描述された居酒屋は記憶しておらず……。

昼から飲める良いお店。これは西荻窪にある居酒屋『ささら亭』の看板にあるキャッチコピーである。(河野、pp.31)

こちらもわからない。

そもそもわたしがうろついていた時代、西荻窪に真っ昼間からお酒をだすような飲食店などなかったですし、仮にあったとしても、当方はアルコール類を重視しないタイプのサラリーマンでしたので、素通りしていたでしょう(のちに悔い改め、爾来、酒は人生の糧と受け止めています)。

いさきは身がはちきれるようにゆたか。私はワインに切り替える。(角田、pp.22)

お店に入るとまず、だしのいい香りがふわっと迎えてくれる。(河野、pp.25)

しっかり味がしみているのに、味つけが濃くない。絶妙。(角田、pp.120)

そばがきレンコンがほくほくさくさくしていて、おいしい。(角田、pp.134)

話の続きをしながら串焼きを片手でひょいと口に運ぶ(あっ、うまい! と一瞬我に返る)。(河野、pp.158)

よく冷えた一杯目のビールの美味さについては言うまでもないが、それに生牡蠣を合わせることの格別さといったら、喩(たと)えようがない。(河野、pp.172)

角田・河野両氏が語るお店も料理もお酒もすべて良さげで、うらやましくなりました。

タイトルにて使われた「もう一杯だけ飲んで帰ろう」の言葉にちなみ、書中この表現やこれに類似する表現がたびたび用いられたのが少しウザかったものの、それ以外は不満なく読み進めます。

なお、河野氏は以前「GOING UNDER GROUND」なるロック・バンドに所属なさっていた由で、わたしはロックに興味がないのですが、

清野とおる 作画『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』第2巻、双葉社(2013年)

上記のマンガに同バンドが出てきたため、名称だけは知っていました。

金原俊輔