最近読んだ本477:『日本、遥かなり:エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』、門田隆将 著、角川文庫、2021年

海外で仕事をしたり勉強したりしている日本人が、現地で戦乱やクーデターに巻き込まれても、日本は国民を救出する具体的な活動をしない……。

上掲書は、わが国の国家としての存在意義が問われるほどの無残な状況を糾弾した、重い作品でした。

第一部「海と空の恩義」。

1890年(明治23年)、台風で遭難したトルコ共和国の軍艦「エルトゥールル号」乗組員たちを和歌山県串本町の町民が必死に救助・介抱した話から、物語はスタートします。

この事故では、トルコ人587名が死亡または行方不明となり、かろうじて69名が命を取りとめました。

そして約1世紀が過ぎた1985年(昭和60年)。

「イラン・イラク戦争」の際、日本政府はイラン在住邦人を置き去りにしたものの、代わって「大昔の恩を返したかった(pp.220)」トルコが、トルコ航空の特別機に日本人たちを乗せ、イラン国外へ避難させてくれました。

トルコ航空は自国民より日本人のほうを優先したため、当時、イランに残された多数のトルコ人は、陸路をつかい脱出したそうです。

以上の、誠意が循環した史実は有名で、わたしは他の本をとおして知っていました。

第二部「『命』は守られるのか」では、クウェート、イエメン、リビア、などの動乱に遭遇し、逃げ遅れてしまった日本人たちの辛苦の体験が描述されています。

みなさん大変だったでしょう。

なぜ、こういう事態が生じてしまうのか?

自衛隊が救援に赴くことができないせいです。

自衛隊機が海外に出ることには、法律の壁があるだけでなく、世論の反発が予想された。(中略)
そのため、最も大切な国民の「命」を救い出すことすら、日本はその方法が極めて「限定されていた」のである。(pp.101)

「世論の反発」はさておき、「法律の壁」が立ちはだかっている以上、日本は法治国家ですので、やむを得ません。

正式な手続きで法律を改正すべきでしょう。

ところが、

「自衛隊の海外派兵につながることは許されない」という強固な政治思想を持つ勢力や、それをあと押しするマスコミ・ジャーナリズムによって、自衛隊の邦人救出への関与は事実上、「不可能」にされていたのである。(pp.336)

「勢力」としては、日本共産党(pp.470)や立憲民主党(pp.472)の名称が出てきました。

「マスコミ・ジャーナリズム」としては、「朝日新聞が(中略)代表例と言える(pp.360)」由です。

そうした足枷がありはしても、やがて、

自衛隊が、邦人輸送をおこなえるようになったのは、1994年11月の「自衛隊法百条」の改正以降である。しかし、改正を重ねながら、これらは、いまだに実効性を伴っていない。
それは「紛争地」には、自衛隊は「行けない」からである。(pp.419)

妙な不備があるわけですが、じわじわ、

地道に改正を重ねながら、邦人輸送任務も2007(平成19)年に自衛隊の本来任務になったんです(後略)。(pp.439)

良くなってきました。

残念なのは、

2015年の安全保障法制の成立によって自衛隊法が改正され、「在外邦人等の保護措置」が新設されたにもかかわらず、実行にあたっては、領域国の同意があり、領域国が安全と秩序を維持しており、さらに領域国当局との連携・協力の確保が見込まれる、という3要件がつけられたのである。
「そんな条件がクリアされるなら、そもそも自衛隊が行く必要がないじゃないか」(pp.469)

2021年8月、反政府武装組織タリバンによる政変が起こったアフガニスタンからの退避では、各国の大使館・軍隊に比べて日本側の動きが鈍く、かなり的外れでした。

著者(1958年生まれ)も「文庫版あとがき」にてその件を慨嘆されています。

今後ますます法律を整えてゆかなければなりません。

『日本、遥かなり』は、一旦緩急の局面での同胞保護という、わたしがふだん考えることがなかった問題を考えさせてくれる、貴重な一冊でした。

金原俊輔